稽古

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自分は、自由になれるか

先日の教室でふと気付いた事がある。 といっても、私にとっては何も目新しい事ではない。 30数年前から皆に話していることが、改めて確認されただけだ。 逆に言えば、30数年の検証の蓄積が「確信」になったのだ。 自由とは何か? […]

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答えではなく問題を明確にしていくこと

自分の問題というのは、それほど大げさなものではない。 単に「これが出来ない」とか「これをこしたいけど」というような、日常的な些細な事でも「自分の持つ問題」だ。 それがあった時、他人に耳を貸す。 つまり、自分の力ではどうす […]

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形の無いものを探す

横受・掛け手を先日アップした。 横受・掛け手が出来たら嬉しい、というような、その事が「出来る事」を目的とする人にはまず出来ない。 その事を通して何を獲得するのか、何を知りたいのか、というような「~を通して」と言う人には実 […]

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自分の中の先生

10人よれば10人で同じものを見ていないというが、一つは本人が自覚していないが、無意識的にある方向を持っているから、一つは、「これを見たい」という、本人のレベルや目的に応じて、という2つだ。 例えば、ある有名なジャズドラ […]

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技術を使えるの様になるのは難しい、だから

原理が分かってくると、その技術は手に入る。 もちろん、直ぐにというわけにはいかないが。 先日大阪教室で、横受・掛け手を練習した。 少しの稽古でそれなりに皆やれている。 私自身が取り組んだ時は、まずは横受だった。 これがと […]

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他人を羨むから、自分は?となる

ドラムをやっていた時、ドラムの技術が必要だった。 自分の表現したい音楽があり、それに技術が必要だったからだ。 で、技術ということを考えた。 まずは、自分の持つ技術に見合った音楽しか表現できないと考えた。 だから、技術の必 […]

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過渡期が訪れた人は成功や実現が待っている

毎年の事だが年度末の日曜日は、「このくそ忙しい時に」という具合で、稽古は4人。 最後のクラスで1人増え5人。 ということで、ソフト木刀での打ち合い。横受け・掛け手という、空手の最高級難度的な捌きを稽古した。 https: […]

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達成感は単なる自己満足にすぎない

結局のところ、大方の人は手応えを求めている。 手応えというのは、文字通りの手応えと妄想の手応えの二種類ある。 文字通りの手応えというのは、対象のものが変化したこと、あるいは、何かが完成したこと、という具合に自分自身の内な […]

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万能の薬、何がなんでも

「思いを伝えたい」何とも良い話だ。 友達に、あるいは肉親に、彼女に、同僚に、部下に、上司に、とにかく、自分に関わる誰かに伝えたい。 では「何を?」あるいは「どんな?」を明確にしなければどうにもならない。 つまり、思いを、 […]

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それこそ頭の断捨離が必要だ

よく「一体この人の頭はどうなっているのか」と思うようなことを言う人がいる。 そんな人が話すと、何が何だか分からなくなる。 しかし、周りの人はその人に「一体何の話?」とは言わない。 それがどうしてだか分からない。 きっと、 […]

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