明鏡塾

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真剣に、というのは

今日は年に二度の特別養護老人ホーム研修の打ち合わせだった。少しお腹が空いていたので、おっさんというか、爺というか、男二人で「ぜんざい」で打ち合わせだ。「焼いた餅がええで」ということで、お餅が二ケ入ったぜんざいにした。 「 […]

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自分が獲得しなければ使えない

「しようと思えば力んで出来ない」何時もワーク・ショップでも教室でも言う台詞だ。これは体験的に気付いたことだが、柳生流の「兵法家伝書(1632)」にも書かれている。つまり、その道を極めて行こうとする人には、必ず直面する壁だ […]

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次は?知らんで

「次の機会に」つまり、何らかの出来事が今回は行けないが、次は時間を作るから、という意味を持つ。もちろん、面倒だからこの言葉で逃げる場合も多い。しかし、実際に「次の機会には絶対に」と思っている人もいる。 「次の機会」は有る […]

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反応を見ないのであれば

人それぞれの行為は、人それぞれのものだ。何の話や?だが、何時も書いている、見る、聞く、話す、触れる等、色々な行為があり、それは自分の外部に対するものだ。 中でも「話す」という行為は、誰でも普通にある。あるいは、「触る」と […]

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触れるという力

大阪で「明鏡塾」を来年1月から開く。その体験会を12月10日に行う。この話は、6月辺りから出ていた。大阪にある特別養護老人ホームの常務との話の中でだ。その特養は、年2回10年間程研修にいっている。特養や老健の目的を本当に […]

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話を聴くというのは、

「明鏡止水の心」を、切り口を変えると「意識同調」が近い。その事で、以前武術誌の企画で、脳波を測定した事がある。ある国立大学の研究チームの協力で行った。 弟子と向かい合い、弟子が攻める場合、私が攻める場合、研究者からの突発 […]

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人は誰でも優れている

人は誰でも、誰よりも優れた能力があると、私は信じている。ただ、それはどの能力なのかが分からないだけだ。「隣の花は赤い」の例え通り、他人は自分よりも優れていると思うものだ。そこで羨むのか、羨まないのかで、その思ったものが違 […]

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怪我の功名

身体に故障があるのは、不便だが新しいことを考えるヒントにもなる。故障がない時は、稽古として意識されている箇所があるが、故障があるとそこが使えない場合も有る。 ぎっくり腰ということで、腰を庇っているために背中から、股関節を […]

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気持ちの方向が痛みをとった

殆ど今日は大丈夫。   今日は、新潟からダンサー二人、スペインから武道系が2人、イスラエルからダンサーが2人と、ゲストが受講する。 そんな事が、私自身の心理に影響している。 だから、今朝の「殆ど大丈夫」に繋がっ […]

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痛いも信じられない

朝、目が覚めてから寝返りをうつ。「よっしゃ、大丈夫」昨日の「ぎっくり腰」の痛みは、嘘のように軽減されていた。しかし、注意を払って真っ直ぐ立つ。決して腰を折らない。しかし、不思議な事に片足で立ち、片足を曲げ靴下を履くが痛み […]

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