2018年9月10日
昼から時間が空いたので、画家の寺門孝之さんの顔を見にいった。ここ数年、全くタイミングが合わず、顔を見ていなかった。 新宿・伊勢丹のアートギャラリーに行くと、「あれえ〜」と思った。寺門さんとも目が合い、お互い […]
2018年7月13日
作品であれ、言葉であれ、それが自分の内から外に出てしまった時、それは「外」のものになり、そこに他者がいるなら、他者の理解度や感性に応じて他者のものになる。という当たり前のことなのだが、それでも「納得しました」というような […]
2017年12月12日
昨日、世界で活躍する健造くんと飲んだ。動きの話になった時、「そこの触感が大事やで」と言ってから、ふと「触感て英語でどういうの?」ときいた。健造くんは「Tactile」だと教えてくれた。 ここにきて「感じる」と使っていた私 […]
2017年2月21日
「どういうことなのか」を自分で考えずに質問をし、尚且つ出てきた答えを「自分の言葉に置き換える」人が沢山いる。 その置き換えの抽象度が同じなら良いのだが、現象的には少し似ている程度の置き換えが多い。 つまり、そのものではな […]
2016年11月19日
昨日は、コメディアンの清水宏さんの、「一人芝居」を下北沢へ観に行った。 12.30人の小じんまりとした小屋だが、平日に関わらず満員だった。 登場は、コメディアンそのものだったので「おんなじや」と、爆笑しながら思ったのだが […]
2016年11月3日
熊野の道場から、三重県の津は遠い。 地図では近いのだが、近道的な道は細い山道なので、遠回りの広い道を走る方が早い。 しかし、近道というか知らない道を行く、という性分が災いして「ここはどこ?」久しぶりの迷子。 ナビは役に立 […]
2016年10月1日
戸を開け放すと金木犀の甘い香りがたちこめる。 残念ながら金木犀の香りを表現する言葉を持ち合わせていないので、「甘い香り」などと陳腐な言い方しかできない。 そんな時、古の歌人や俳人達が、感性を言語に変換するセンスにため息が […]
2016年7月25日
明後日から沖縄だ。 そろそろ時差ボケも治まると思うのだが、突然の眠気には往生する。 先日、スタンダップコメディの清水ひろしさんとぜんじろーさんのライブを観に行って来た。 沖縄で皆が見に来てくれて嬉しかったこと、地方の先々 […]
2016年2月10日
つくづく武道をやっていて良かったと思う。 もちろん、みんなが知っている程度の武道のことではない。 私が勝手に気づき、勝手にそこを掘り下げていった、という武道だ。 それは「これはどうなっているのか」「どんな目的があるのか」 […]
2016年2月6日
武道には奥義という最高級難度と言われる技というか境地というか、そういうものがある、……ようだ。 もちろん、奥義だから現代において到達した人がいるのかいないのか知らない。 私はそういった希望というか夢というか、不可思議なも […]