2016年10月30日
「武禅」のレポートを読んでいると、人は本当に他人のやっていることを見ていないということがよく分かる。 「自分のやること」だけに熱中しているからだ。 そして、自己完結することに慣れてしまっているからだ。 もちろん、この「見 […]
2016年10月20日
「人を馬鹿にしているような表情をしている」と当人に言う。 もちろん、当人はそんなつもりではないので「えっ」となる。 そういえば、数年前のワークショップに若い役者の卵が来ていた。 ベテランの平岡さんに連れられて受講したのだ […]
2016年10月13日
色々な人と会い、会話をする。 そこで感じることが、自分の枠を出て会話をしない人が多い事だ。 例えば、空手をしているとすると、その視点だけ、柔道だとその視点だけ、もちろん、理学療法士ならその視点、整体ならその視点。 もちろ […]
2016年10月11日
人は日常を時間と共に体験している。 もちろん、全人類がである。 そこに例外は無い。 ただ、その自分自身の日常を、どんな「言葉」で切り取るのか、あるいは、振り返るのか、というところで、それぞれがその体験を個別のもの、個人独 […]
2016年10月10日
「あっ、という間」に2泊3日の「武禅」は終わった。 何時も、何時も、この「あっという間」だし、強烈に密度の濃い時間だ。 まさに非日常空間であり、それを受講者自身が創りだすのだ。 真正面から相手の印象を言い合う。 「半死半 […]
2016年10月8日
ワークショップにしろ、教室や「武禅」そして「明鏡塾」でのテーマは関係性だ。 面白い事に「関係性」を学んでいるのに、それを日常で実践できない人がいる。 どうして? それは、あくまでも「学ぶとは」教室の出来事であって、日常と […]
2016年10月7日
人に何かを伝える時、内容が複雑な場合に、「例えば」と比喩や分かりやすい例を使う。 問題は、たとえ話はよく出来ていて理解できるが、それと伝えたい事の内容との整合性だ。 一般的に、たとえ話は理解できるが、実際的にはよく分から […]
2016年10月5日
例えば、何か出来事があって、その出来事から自分の何かに気づく。 また別に、出来事からではなく、頭を働かせることで自分の何かに気付く。 もちろん、ここの「頭を働かせる」というのは、自分という実体から離れて、想像や記憶の羅列 […]
2016年9月28日
「関係性」が優れている、というのは、どういうことだろうと、改めて考えて見る。 そうすると、結局のところ「自分自身の意志が明確でなければいけない」というところに辿り着く。 つまり、「関係」というものがあるのではなく、理解し […]
2016年8月27日
「武禅」はレピーターが多い。 というよりも、レピーターが殆どだ。 連続の人、何年かぶりの人。 「武禅」をスタートさせた時、蓋を開ければ殆どが企業人だった。 しかし、ワークをするとどうも紙一枚違う。 そんな感じが何時もした […]