伝統武道

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全ては自分で考えだせ

道場だと認識しているから道場になる、というのは、47.8年前に考えついた事だ。 当時も、今と変わらず進学ブームだった。 ブームというのは、その個人が決定している場合は別だが、つまり、相当の目的を持っていれば良いのだが、「 […]

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道場は無い

東京の「武道」の稽古は昨日終わった。 私としては、昨日も書いていたように、別段「何が?」という感じだ。 教室には、由緒ある流派の古武道を、長年に渡って取り組んでいる人も来ている。 その道場では、その時節で儀式がきちんとあ […]

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稽古納めだが

今日は東京教室の稽古納めになる。 私としては、何時ものことながら何のことだか分からない。 しかし、一つの区切りとしてそうなのだろう。 また、この一つの区切りというのも分からない。 文化ということで片付けておこうと思う。 […]

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ポイントへの集中

膝と膝、両膝の連関と骨盤のコントロールを練習した。 基本の膝動かしから、両膝を動かす。 体験の方が来られており、相当汗を流して挑戦して貰った。 簡単そうで出来ない。 それは、「膝」というポイントを自覚したことがないからだ […]

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忘年会

昨日は、東京教室の忘年会だった。 こういった集まっての宴席を持つのは、道場をやりだしてからのことだ。 ジャズの時代はコンサートの打ち上げという宴席があったくらいだ。 今年の忘年会は、時間が経つほどにそれぞれがそれぞれのカ […]

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古い知人が

大阪教室の稽古に、15,6年ぶりの友人が訪ねてくれた。 世界中の恵まれない子供たちを無くそうと奔走している。 「どうしてもやらなければいけないやろ」という動機だ。 気分で動くとは、こういうことだ。 相変わらず恰幅が良く押 […]

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武道の稽古

武道には「運足」とか「足の使い」という言葉がある。 宮本武蔵も五輪書の中で「足使いのこと」として、書いている。 私はこの五輪書を手がかりにして考えていった。 中でも「すたすたと歩むが如し」という言葉にピンときて、そこを追 […]

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人と人という関係性を体感

その昔、ある空手道場の面倒を見て欲しいと頼まれたことがある。 その道場には小学1.2年生の子供から、中学生くらいの子達もいた。 私は子供達に教えたことが無いので、しばらく見学させて欲しいといって高みの見物を決め込んだ。 […]

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表現してはいけないのが

今回の「武禅」に、若い女性の役者が受講していた。 彼女のレポートに「先生は、簡単にやってみせるけど、それは、それ以外の沢山の経験があるから、それが簡単に出来る」と書いていた。 これは素晴らしい感性だ。 私が云々ということ […]

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何もかもが

教室で手本を見せる。 それは熟練者用のものだとする。 熟練者は、AとBとCの組み合わせだと知っている。 そして、そのAが上手くいくまでに、数年を要しているということは体験している。 初心者も同じ練習をする。 ここで、問題 […]

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