稽古

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18年ではこの程度

1998年に書いた自分の記事を読み返している。 書籍にする為だ。 18年前だ。 0歳児が18歳になっているということだ。 そう考えると18年は、途方も無い時間のように思う。 その18年間には相当色々な出来事があり、貴重な […]

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何かが出来ることの奇跡

上手か下手か、ということではなく、「何をやっているのか分からない」という稽古がある。 当人たちは、きっと「◯○をやっている」と自負しているのだろう。 しかし、これは見える形の話ではない。 形が複雑すぎて、あるいは、それぞ […]

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耳障りの良いことば

97回「武禅」は定員になりましたので締め切りさせて頂きました。 次回は秋に予定しています。 昨日は「明鏡塾」3期生の3回目のセミナーだった。 毎回の宿題は、それぞれ違った答えを出してくれる。 もちろん、どれが正解なのでは […]

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自分の可能性を壊すな

人が口にする言葉が、良く分からない事が多い。 例えば「どこそこの◯ケーキは、どこそのケーキより美味しい」でもそうだ。 そんな時は「お前は何様や、どうしてそう言い切れるのか」とツッコミを入れる。 もちろん、他愛もない会話だ […]

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ゴールデンウイークおおきに!

昨日、どうして今頃?というようなバカみたいなことに気付いた。 それは突きだ。 いわゆる空手で、拳を握り上(手の平を上向ける)向けに腰に構え突く。 その時、拳を手の甲が上向きになるようにねじり込む。 それが一般的な正拳突き […]

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自分で得た気づきや発見が大事だ

で、屋根修理。 何をどうするか?それは決まっている。 では、どこから?ここが思案のしどころだ。 つまり、いずれにせよ時間はかかるのだが、どの段取りが一番手数が少なくてすむのかだ。 この思案のしどころそのものを改めて考えて […]

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自分創りの入口は日常にある

熊野の道場は、やはり水が止まっていた。 昨日は雨だったので、時差ボケの身体を引きずりながら沢登りをしてきた。 前回の設置が良かったのか、網に付着したゴミが水の吸水の邪魔をしていただけだった。 明日からは屋根修理だ。 腕を […]

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何も分からないから歩くのだ

どんなことでも、全ては「自分次第」だ。 自分としては、どう捉えるのか、それに尽きる。 「日野さんはまだ伸びると思いますか」とフランスで質問された。 「もちろん」と答えた。 つまり、自分の現在の立ち位置はどこなのか、それを […]

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自分は、自由になれるか

先日の教室でふと気付いた事がある。 といっても、私にとっては何も目新しい事ではない。 30数年前から皆に話していることが、改めて確認されただけだ。 逆に言えば、30数年の検証の蓄積が「確信」になったのだ。 自由とは何か? […]

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答えではなく問題を明確にしていくこと

自分の問題というのは、それほど大げさなものではない。 単に「これが出来ない」とか「これをこしたいけど」というような、日常的な些細な事でも「自分の持つ問題」だ。 それがあった時、他人に耳を貸す。 つまり、自分の力ではどうす […]

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