自分に対して何を要求するのか?
ワークショップでは、身体操作として自分の身体を刺激を通して知り、そこに注意を集め、集めた部位を「動かす」というワークがある。
それが私が考え出した、一番基本的な身体に対する考え方でワーク全般に通底する約束事だ。
だから、例えば「肩を回す」とした時に、「肩の上部のどこか」を自分が決めそこをつねる等して刺激を与え、その刺激に集中し肩を後ろや前方向に動かす事になる。
例えば、私が手本として肩を後ろに回しその繋がりで肘が上に上がって来る、というような「連動」を見せその動きを受講者が挑戦するのだ。
皆、大きな意味で動きとしては正しいのだが、「肩の頂点を感じ取る」は出来ていない。
だから、肩が明確に回転させる事は出来ていない。
もちろん、初めての事だから出来なくて当たり前だからそれで良いのだが、それよりも、「自分の肩を知らなかった」という事に驚いて欲しいのだ。
ここが感性が大事なところだ。
「肩を回せなかった」その事は、数を重ねれば出来る。
しかし、その「出来る」が大事なのではなくて、「自分の肩を動かせた」つまり、自分の身体の一部を自分が動かせた事が大事なのだ。
それまでの人生では、自分の身体に対してそれ程厳密な事を要求していなかったという事だ。
自分の身体を知る事で、色々な動作や仕事が楽になる。
作業や動作をする時に発生する、いわゆる「力み」が無くなるからだ。
しかし「力まない」のは難しい。
だから、大方の人は根気がない。
もちろん、自分に挑戦する根気なのだが、そこを理解出来ていないから「これが出来ないから」という終わり方をする。
もったいない話なのだが、残念ながら「未知数なものへの挑戦」が自分を拓いて行く事だと教わっていないので分からないのだ。
人は自分にとっての未知のモノに挑戦するから、そしてその事が身に付いていくから未知の自分になっていくのであって、その時の自分自身の理解出来る範疇で生活するという事は、自分は一切成長しません、と宣言しているようなものなのだ。
2月6.7.8日大阪ワークショップin上新庄


