2026、また年が明けた
2026年になった、なってしまった。
同時に78歳になった。
当然四捨五入で80歳だ。
これはほんとに想定外の出来事だ。
この年になるまで生きているという事を想像出来ていなかった。
それは60歳になった時にもかすりもしなかった。
さて、どうするか?だ。
大事な事は食べていく為に働くということだが、それには何をするのが一番なのか?だ。
これは、これを書いていて思い出した事がある。
それは武道を本格的に探求し出した本当の理由だ。
それは「その道には答えが無い」だろう、と思ったからだ。
探求する気持ちや材料が無くなれば、そこが終着点になり、その時点での考えが「武道」というものの答えになる。
どうして「答えが無い」を選んだのかと言うと、その頃、人生を考えた時、生きる理由が見当たら無かったからだ。
生きる理由が無いなら、それは生命を絶つのが一番だ。
逆に言うと「やる事がある」からこそ生きるのだ。
というのは、私が考える人生であって、他人様の考えを否定しているのではない。
人生、紆余曲折というが、結構修羅場を潜って疲れが出た頃、ふと「やる事が無いのなら、生きる事を止めたらしまいや」と思ったのだ。
そこでじっくり考えた時、やり残している事に「武道」があると、改めて武道に生きる道を見出そうとしたのだ。
そこから考えると、未練がましい「生」だ。
何れにしても、武道に本腰を入れたのはその意味で「生命」と対峙していたからだ。
それがあったから、熊野に道場を建てたのだが、当初は私一人で山籠もりをしてしまう、いわゆる世捨て人になろうと思っていたからだ。
しかし、大阪に道場を構えた時の弟子達が一緒に来る事になった。
結果、大規模な現在の熊野の道場になってしまったのだ。
と思い出すと、自分で思った方向へは歩いているが、ことごとく予定は狂っている。
その狂った予定に対応し続けて今日がある、正しく「私」だ。
今年も、何もかもが狂っていくのだろうと思いながら正月を迎えた。
しかし、どちらかと言うと、狂った予定に合わせる、という事に充実感を感じるようになってしまっているのだろう、と思う。
ジャズであっても、武道であっても、出たとこ勝負そのままだ。
だから、きっとこのまま人生を終えるのだろう。
ここからが、コーダーを自覚しエンディングに向かって踏み出そう‼
2月6.7.8日大阪ワークショップin上新庄


