今日は十日戎や
7日は、毎年恒例になっている海外からの武術関係者への指導だった。
リクエストが「刀」だったので、抜きから足捌きをやった。
空手他の体術系の方達が多く、かなり苦戦をしていた。
もちろん、もう10年来の人もいる。
そんな人は、身体の運びが上手になっているのが目に付こちらも嬉しくなる。
今日は「戎さん」だ。
大阪・今宮戎は、おふくろが芸者だったから、宝恵かごに乗ってミナミの街からエビっさんまで練り歩いていた。
そういった年度の節々で何かしらのイベントがあるのが、季節や時間の動きを知る一つだった。
風情という奴だ。
それがどんどん消えて行くのは寂しい限りだ。
正月、そういえば音楽大学の学生達と3日空けず飲んでいた。
肴は「音楽」だ。飲み出すと徹夜になる。
朝、学生たちはアルバイトに出かけ、夕方になると帰って来る。
そこからまた酒盛りだ。
一度、安物のウイスキーを3本くらい4人で空けた。
へべれけになって、二階から一階迄転げ落ちた。
転げ落ちてもも、酔っているので痛みはない。
何だか知らないが笑い転げていたのを覚えている。
平和な時期だった。
しかし、その年の3月に裏の高速道路の工事現場から火が出て延焼した。
これは、かなりダメージがあった。
もちろん、ダメージだけでは立ち上がらない。
色々と自分自身について分かる事があった。
その意味で、この事件は私にとって完全にそれまでの時間とは縁を切った感じになった。
「何かがある」つまり、それまでの自分では解決できない何かだ。
だから、そこで成長できるのだ。
そういった節々をどれだけ持っているかが、自分を自立、あるいは独立させる力なのだ。
2月6.7.8日大阪ワークショップin上新庄


