2023年1月
ワークは新しい運動を知るのが目的ではない、運動を通して身体を知る事だ。
ワークは、単純な運動を指示し、それをどう取り組むのか?身体に対してどんなアプローチをしているのか?を視る。
つまり、ワークは運動ではなく、「その人がどうするか」があり、そこから「自分自身に気付いていく」がテーマだ。
それが現在のメインテーマだ。
中々書けない、コロナだから?もうええわ。
バタバタしていたりwebページ作りで時間を喰ったりで、中々書けない。という間に1月も後半に入った。 体感的には「まだ?」という感じがしないでもない。色々ある時の時間感覚はそんなものだ。 2月に入ると大阪と沖縄のワークショ […]
腕は持つのではなく添えるのだ。そこからが「相手に触れる」の入り口だ
先日の「大阪・明鏡塾」は、基本的な「腕の重さを感じる・腕にそえる」に力を入れて稽古した。
実際やってみると、それこそ「知っている」と「出来る」の違いをまざまざと知る事になった。
同時にこちらの「余計な力みは、相手に緊張を強いる事になる」という実際も全員改めて体感した。
もちろん、無意識的なので相手に緊張を与えている事も知らなかったのだ。
つまり、自分の事には注意を払っても他人、この場合は肝心の患者さんや利用者さんには無頓着だったという事を、改めて知る事になったのだ。
自分を研ぎ澄ます実際的な学びが目的の人にこそ、「日野武道研究所」に来て欲しい。
神田道場の稽古では、年明けから「型」に重きをおいている。 黒帯がやる型を、他の黒帯が見て感じた事、あるいは間違っている事等々の意見を出し合わせる稽古だ。この事で「何を見ているのか」が、第三者に表現される。表現された事で「 […]
ポイントがずれると、人は相当厄介な生き物になる
昨日は神田道場稽古始めだった。 長年伝統空手やっている人がおり、その人は自分の動きにリズムを取る。「???」 順番を覚えるには良い手段だが、実際に約束組手をする時には邪魔にはなるからリズムを取るのに良い所はない。それは自 […]
「天使のダミ声」を体感しに行った。何回か叫んだ「きむら!」と
「お前、まだ死ぬなよ!」思わずこころの中で呟いた。
私と70年代のフリージャズシーンを戦って来た、戦友のベーシストと何故か被ってしまったからだ。
木村の危うい姿と哀愁を帯びた声、そして歌が、それを彷彿させたのかもしれない。
「そのままやんけ」つまり、嘘の無い在り様だから、その言葉がまるっぽハマっている木村。
二度とこんなミュージシャンは出て来る事はないだろう。
歌を聴きながら、姿を見ながら、トークを聴きながら思った。
目を閉じる、目を開ける。そこにある感覚器官の違いは何だ?
それを目を閉じて、皮膚を接触した状態を作り、その皮膚が離れる瞬間に動く、をやると一瞬遅れる。
これはどういうことだろう?
先日の稽古の時に発見した出来事だ。
瞬間(同時)に動いていたと思っていたところに、一瞬の隙間があったのだ。
もしかしたら、皮膚感覚だけに集中してしまっているからではないか?
生徒との検証時に気付いた。
今の今まで気付かなかった事に苛立つ。
武道の稽古の難しさは、自分自身への挑戦だ
もちろん、稽古はスピードを落としゆっくりと行う。
問題は、その「ゆっくりとした動き」を、スピードが出ても同じ具合に出来るのかどうかだ。
そうなると、その「ゆっくり」にスピードを見出さなければならない。
ここが難しいと言えば難しいところだ。
当たっても痛くも無い「ゆっくり」に対して、「痛くも無い」と無意識的に判断して稽古をしていると、スピードを上げると本当に当たるし痛いではすまない。
そんな想像力が、武道の稽古では必要なのだ。
でないと、稽古が違うものになっていく。
引っ越しで部屋中段ボール箱だらけや
引っ越しで部屋中段ボール箱だらけ。
放るもの、置いておくもの、「ええい、めんどくさい」生活をするのに、これほど道具がいるのかと思う。
ジャズでツアーをやったりすると、スーツケース一つで何日間も生活をした。
火事で焼け出された時、手鍋一つ買って生活をした。
生活というか何かが安定してしまうと荷物が増える。