腕は持つのではなく添えるのだ。そこからが「相手に触れる」の入り口だ
先日の「大阪・明鏡塾」は、基本的な「腕の重さを感じる・腕にそえる」に力を入れて稽古した。
実際やってみると、それこそ「知っている」と「出来る」の違いをまざまざと知る事になった。
同時にこちらの「余計な力みは、相手に緊張を強いる事になる」という実際も全員改めて体感した。
もちろん、無意識的なので相手に緊張を与えている事も知らなかったのだ。
つまり、自分の事には注意を払っても他人、この場合は肝心の患者さんや利用者さんには無頓着だったという事を、改めて知る事になったのだ。
もちろん、受講者の大半はベテランの柔整師や医師他だ。
だからショックを受けていたのは当然だ。
逆に経験の浅い人は、この事がどれだけ重要かは想像でしかないので、さほどショックは受けない。
きっと知識として保存されるくらいだろう。
「出来ている」と思っている事や「成果が出ている」という実際が、本当にそうかどうかは分からないのだ。
その意味で「自分自身を検証する場」が必要だ。
そういう事に気付いているベテランの医療関係の人達は、再受講を希望する。
当然、実力は間違いなく上がる。
感覚も驚くほど鋭くなるから、治療や施術の精度が上がっていく。
例えば、大阪明鏡塾は、来期は10期になる。
そうすると、1期が半年だから約5年になる。
ベテランの医師と柔道整復師だ。
転勤に伴い東京から引継いで大阪明鏡塾を再受講している医師は7年になる。
逆にこういった再受講の人達が、明鏡塾を支えてくれているとも言えるのだ。
「もっと仲間が欲しいね」
つまり、こころある医療従事者が増える事、皆の願いだ。