稽古
胸骨を教えた漁師さんが本を出した!
何年前になるだろうか?一本釣りの漁師さんが、身体の使い方を教えて欲しいと来られた。牛島さんだ。 寄る年波には勝てず、漁をするのが疲れるのと若い者に負けるから、それを何とかしたい。という事からのお付き合いになったのだ。 私 […]
昨日は室伏長官と対談、感覚や身体の話は面白い
昨日は文科省でスポーツ庁室伏長官との対談をしてきた。 昨年シンガポールで行った二人の講演の話や、様々なトレーニング方法、スポーツの必要性(身体を動かす)、そして今回対談の一番のテーマ「感覚」という事に付いてで盛り上がった […]
その場の「出来る・出来た」はどう?
今回の「武禅レポート」に、私にとっては不思議な言葉が書かれてあった。 不思議な、というのは、それこそ、私の辞書には無い言葉だ。 それは「やり続けるという事をしていない。一時的な「出来る」から、身に付けるを目指そう。」とい […]
自分の力で答えをだせ
稽古の仕方ということでは、もう何十年考えているか分からない。 人生全部が稽古だ、という言い方も出来るし個別の○○を鍛錬するのも稽古だ。 スポーツ選手の場合は、ある意味で目的とか目標が明確なので練習を組みやすい。それの一つ […]
見えている事は修正できるが、見えていない事は?
12期「大阪明鏡塾4講座」は昨日終わった。 講座のテーマは大きくは「触れる」「言葉を届ける」「気持ちを汲み取る」と三点だ。それ等を様々なワークを通して学んでいくのだ。 しかし、受講する大方の人は、それらのテーマは「教えて […]
威嚇している手、関係を閉ざしている手、みんな見えるのだ!
沖縄のワークショップの創成期から受講してくれていて、沖縄に私のワークショップを根付かせようと動いてくれている一人でもある屋良ミユキさん。少し前、東京のワークショップに参加してくれました。 その感想の一部を紹介します。 「 […]
何かが仕上がるまでには
例えば、現在の私は、結構うまいこと体重を移動させる事が出来る。 それを見た人は、誰でも「練習をしてきたから」だと括ってしまうだろうと思う。私は、どんな時でもどういう訳かそうは思わない。 それよりも「何を?どう?」また「ど […]










