2020年12月18日
今年は残すところ2週間を切ってしまった。 後半に入り、新しく発見することが多々ある。そんな時、「これを40年前に気付いていたら」と馬鹿な事を思う。 40年前には、現在の私が出来上がっていなかった。だから、気づく筈もないの […]
2020年12月16日
先日、空手部の試合の為に上京していた先生と久しぶりに稽古をした。終了後、ミニ飲み会で、私の常識を覆す考え方の話になった。 その事で、ふと思い出した話がある。私の天邪鬼な性格を後押ししてくれた話だ。 10歳くらいの小学生の […]
2020年12月14日
土曜日の忘年会は深夜1時になった。道場での忘年会は、気兼ねなくやれるのが良い。今年は、コロナの影響もあり、ごく少人数だった。電車の時間もあり、それを目安に解散だが、最後は3人で盛り上がった。気が付くと、小ぶりのウイスキー […]
2020年12月12日
「人を羨んだ記憶が無い」と妻との会話。小学生時代の遠足のお弁当は、前田のランチクラッカー1本だけだ。それは、祖母が作ってくれないからではない。リュックが重たいのが嫌だったから、というのが一つ。クラッカーだけというのがカッ […]
2020年12月11日
ワークショップであれ、講演であれ、とにかく、私が何かをやる時、ドラムの公演でも最初に「何か質問!」と呼びかける。阿吽の呼吸を確かめたくて呼びかけるのだが、稀にしかそこに乗ってくれる人はいない。それこそ、人間関係が薄くなっ […]
2020年12月5日
今時風の言葉に「楽しいかった」というような「楽しい」があり、若い人がその言葉を口にするとどうも引っかかる。というのは、「楽しい」を発するような記憶がないからだ。「良かった」とか「嬉しい・充実した」はあるが、楽しいは無いの […]
2020年12月4日
「触れる」は、「明鏡塾」でも「武道」でも共通する。そしてそれは深い意味を持つものだから、ダンスや演劇などの「表現」とも共通させる事が出来るものだ。 そして「相手の流れに乗る」も、同じように、これら全てと共通する。それは人 […]
2020年12月3日
「武禅一の行」の感想を読んでいると、それこそ、こころと行動、思考と行動が伴っていない事が読めてくる。当人にとっては、それらは一致している、あるいは、少しのずれがあるだけで、「思っている」のだからどうにかなる。というような […]
2020年12月2日
「呑み込みが早い」という書き方をしたが、確かにそうなのだが、では「呑み込みが早い」と「遅い」には、どんな違いがあるのか?また、呑み込み以前に、いくらやっても「出来ない」人とは、何がどう違うのか?そんな事を考える。もちろん […]
2020年12月1日
師走だ。コロナに1年振り回されて、そんな季節感もピンと来ない。 人生は何が起こるか分からないのだが、世界が脆弱だということが露呈した1年だとも言える。10数年前、一番弟子の遺伝子の博士が「人類は、どこにでもある細菌やウイ […]