つれづれなるままに

つれづれなるままに
今日は端午の節句

今日は「端午の節句」子供の頃、近所の豪邸に住む友達の家でよく遊んだ。池や手入れされた庭があり、子供にとってはうってつけの遊び場だった。 5月に入ると、本物の鎧や兜が飾られ、大きな鯉登が庭の柱に上がっていたのを思い出す。 […]

続きを読む
つれづれなるままに
フジ子・ヘミングさん、ご冥福をお祈りします。

フジ子・ヘミングさんがお亡くなりになった。ご冥福をお祈りします。 コンサートは何度か聴きに行った。 演奏を聴いて改めて教えて貰った事が二つ有った。 一つは「楽器を奏でることで音楽が湧き上がる」という事、一つは「演奏の音楽 […]

続きを読む
つれづれなるままに
身の程を知っているのか?

「手応えがあった」あるいは「手応えがなかった」そんな言葉をよく耳にする。「明鏡塾」でだ。 私自身がその「手応えがある」だの無いだのという言葉を持っていないので、その言を使っている意味も使い方も分からなかった。もちろん、分 […]

続きを読む
スポーツ
力が抜けるのは、関係を理解できるからもある

先日は久しぶりに、肘打ちの準備体操をやった。正確には肘打ち3連打になるか。40年ほど前に開発したトレーニング法だ。 これで、とにかく鳩尾から上の上半身を柔らかく使う事を知る。そして使えるようになる。 もちろん、このままで […]

続きを読む
つれづれなるままに
あの時は熱く、誰もが生きていた

大阪のワークショップでの質問で「今迄生きて来た中で、今が一番だと思いますが、強いて上げるとしたら何時の時期が良かったですか?」と問われた。 おっしゃるように、何がどうなっていても「今が一番」だ。その時間を対処している私を […]

続きを読む
からだ
大斎原は何故か濃くなっていた

良い天気から一変して雹が降った。けたたましい音が、と想像する。 那智漁港からその辺りを観光して道場に戻ったら雹が残っていたのだ。もちろん、何でもあるのだが、やはり雹となると驚く。 アリスの谷口新司、もんたよしのりと続いた […]

続きを読む
からだ
思えたら実現する

ふと気付いた。 先ほどホテルのバスに浸かっている時だ。 「思った事は実現する」というフレーズの間違いは、数10年前に気付いていた。が、それに代わるものが浮かばなかった。 それがふと浮かんだ。 「思えたものは実現する」だ。 […]

続きを読む
つれづれなるままに
日本をどこへ向かわせているのか?

言葉は何かを通して理解する。何かを通して、というのは専門的な事だ。それ以外は、自分の持つ興味を通してだ。 もちろん、日本語という共通言語だけである程度は理解出来る。 しかし、例えば、大工さんの話を理解出来るのは、基本的に […]

続きを読む
つれづれなるままに
初めて受講しても一発で出来る人がいる、その反面数年たっても出来ない人がいる。何でや?

昨日の稽古に10年くらい前まで受講していたダンサーが、久しぶりに顔を見せてくれた。 「身体塾」では、さほど目立たなかったのだが、「武道基礎塾」まで受講していて、そこで初めてする片手片手持ちや胸掴みという、体重移動の基礎練 […]

続きを読む
つれづれなるままに
水は無事だった

熊野に帰る飛行機は、台風の為に出発1時間前迄搭乗手続きは行われなかった。 もしかしたら関空へ降りるかも知れないと言う。それならせめて引き返して欲しいと思った。 何をするでもなく時間を潰しながら、職員にフライト状況を確認。 […]

続きを読む