沖縄ワークショップやで❕
1日とは何じゃ一体?
あれもこれも、とやりだしたらほんまに時間が足りない。
ブログを書く間もない。
書くことがないのかもしれないけど。
「身体を動かす」と「身体が動いた」の間には何がある?
どうして、こんな所まで来てしまったのか分からない。
もちろん、身体は動かすものだが?私は天邪鬼だから身体は動くものだ、と定義した。
じゃぁどこから?当たり前だが、自分自身の欲求だ、そして反応や反射。
大きくは感情もある。
そこから始まり、身体動作になる。
動作の原型は「癖」だ。
オギャァの赤ちゃん時代からの「動き癖」、そして、目の前の人(親や肉親に限らず)が行う動作のミラーリングだ。
もちろん、それは上手くできないが、ちゃんと記憶に残っている。
だから、日常動作としての、水道の栓をひねるとか、包丁をどう動かすとか、とにかく、立つということを筆頭に日々の動作、行為を観察し記憶に定着したものが出て来る。
それが動き癖の出現であり、癖定着の始まりでもある。
この辺りの事は、まだ私自身が言語化したてなので、はっきりしないが大体こういうことだろうと推察する。
そこから例えば、サッカーを好きになったらそんな動き、野球なら、水泳ならと、その種類の動きを真似ていき自然と出来るようになっていく。
その辺りから専門性のある動きになるが、根本的な「癖」に対しての認識や客観性は育っていないし、きっと認識していない。
でも専門的な動きを覚える事で、ある程度は癖から脱する事になる。
同じ身体操作でも器械体操という事になると、動きそのものの美しさや動きの難易度を競うので、ある程度表面的な癖から抜け出せる。
そんな事を考えるキッカケになったのは、「明鏡塾」に来るトレーナーの話からだ。
話は飛ぶが金曜日から沖縄ワークショップです。
身体を操作するのですが、それは自分勝手に動かす事ではなく、自分の身体のパーツを認識し、そこを動かすことで操作されるのです。
いわば、お習字を習うのと同じだと思って下さい。
はねや止めが出来ないと習字の「字」にはならない、それと同じです。
自分勝手に動かすから故障が増えたり、年齢と共に衰えて行くのですから。
そんな事を楽しく大阪独特の突っ込みをいれながらのワークショップです。
初めての方も心配せずにお越しください。
沖縄ワークショップは5月30.31.6月1日、
