武禅・自分を知る

武禅・自分を知る
未熟?完璧?

「武禅一の行」だが、ここに来てドタキャンがでた。コロナ陽性だった。こればかりは仕方がない。次の機会に受講して貰おう。 私に届いたメールに「未熟」という言葉があった。瞬間的に閃いたのは「人は幾つ何十歳になっても未熟である。 […]

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武禅の準備

「武禅」の準備が先週から初めている。道場の掃除や、妻は料理の準備だ。言っても20人2泊3日の賄いは大変だ。美味しいものを、と考えるから余計に手間が増える。旬のものも、と考える。台所に立ちっぱなしだ。終わると、年々二人でバ […]

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真剣になれば自然と笑みが零れる

5月の「武禅一の行」は、残り6席となった。 物事とがっぷり四つに組む。つまり、絶対に逃げないという事だ。その姿勢があった上で、その場その場で適当に処理する、それが世間を渡るコツのようなものだ。 では、この絶対に逃げない、 […]

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突っこみを入れてみる

やっと濃厚接触者から解放された。日本は刑罰が無いから、こういう手段しかないのだろう。と諦めるしかない。 そうとは分かっていても、頭に来るから一応突っこんでみる。こういうことを大方の人はやらないのだろう。根本的におかしいだ […]

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オイと二言、こんな短い単語が伝わらないのだと

「武禅一の行」の5月開催は、お知らせしている通り5月2.3.4日です。 何時も「武禅」のお知らせを書く時、皆の書いた前回のレポートを見直す。それは、前回から4か月、また6ヵ月空いているのでレポートを読む視点が変化している […]

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武禅に初の外国人が受講した

日本語ペラペラの中国の方とお会いしたのは初めてだ。面白いもので、いくら日本語がペラペラでも、深い話は通じないと直観しているから、言葉遣いが丁寧になる。フランス他外国の人と接するモードになってしまうのだ。 「関係」という事 […]

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武禅の3日間終了

103回目の「武禅」は昨日終わった。解散時も雨が降らず、最高の3日間だった。 今回は、不思議と中身の濃い、というか、あっという間に3日間が過ぎた。多分、中国の方が入っていたので、その分説明や分かる言葉を、という頭の回転が […]

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こころを繋げる

明日からの「武禅」。社会的な関係ではなく、個人のこころの関係だ。これを説明するのは難しい。ただ、現象として言える事は、「こころが繋がると身体が変化する」事だ。 もちろん、精神的な解放と呼べる程の充実感、生きているという実 […]

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自分を見つめ直す為に

「現実味が無い」というのはどういう感じか。自分で書いて、改めて「どういうことだろう」と思った。いわば、生きているのか死んでいるのかがハッキリしない感じ、といっても、「生きてまっせ」と帰って来るだろう。 では、「生きている […]

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ガラス玉のようなスカスカの目

ガラス玉のような目という言い方をする。もちろん、輝いているという意味ではない。意志や思考が見えず、ペラペラの薄っぺらい目という意味だ。洞穴のような目という場合もある。これも同様だ。 目という器官は、「見る」という働きをす […]

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