武禅・自分を知る

武禅・自分を知る
その言葉を自分自身が使い続ける事で、「そんな」自分だと自己洗脳しているだけだ

一つの動きを完全に出来るまで挑戦する。スポーツなら例えば、バスケットで3点シュートが一定の場所からだと絶対に入れるようになる。 こんな事は当たり前のように練習を繰り返す。サッカーでも同じだろうと思う。入れたいし入れなけれ […]

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武禅・自分を知る
次の事より今の事、今に全力を集中すれば次は良くなる

「次の事を考えた今の動き」になっているからだ。
今の動きで相手の次を無くしたり、相手の次が来ても今の完全な姿になっていれば対処出来るのだが、大方はそうはならなくて、「次の相手の攻撃を交わす今の動き」になり「今の動き」ではないのだ。
基本が大事だと言うが、本当に基本をやり込んでいないから、次の対処も今の対処も出来ないのだ。
一つの事を亀の歩みのようにゆっくりと堪能しなければ、身に付く事はない。
そんな事をしみじみと感じるのが、武道の稽古だ。

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武禅・自分を知る
自分を貫いて生きる、その為には世間とは全く異なった価値観を持つ事だ

その根源は「美意識」だ。
言葉を極端に変えればスタイルになるか。
私が今日までブレていないのはこれだ。
仕事に対してとか何かに対するものは持ち合わせていない。
自分の人生は自分のものだ。
その自分に対して何を求めるのか?
そんな事は10代で決定していた。
その意味で75歳の現在でも変わっていない。

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武禅・自分を知る
真っ直ぐ飛んでくる視線、それが関係の基本だ

会話の多くのテクニックはそもそも「聞ける」・「話せる」・「触れられる」ということを前提にしてますが、そもそも聞けていない、聞いているつもり、聞こうとしているといった状態の時に、何を添付しようが、付け焼き刃。となると、自分自身の「意識」たるものを相手に注ぐ。まずはそこから。

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武禅・自分を知る
血の通った人間ならば、は死語かな?

自分では相手に話している「つもり」、相手の話を聴いている「つもり」だ。
つまり、多くの人は「つもり」で会話や関係性だと思い込んでいるという事だ。
それこそ、話の内容こそが大事で、自分に向けられている相手の人の気持ち等は無視だ。
でも、内容は理解できているから「話を聴けている」あるいは、「相手の人に」話している、になるのだ。
内容が理解できる、もしくは理解できるように伝える、というのは、当たり前の事だ。

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武禅・自分を知る
自分は一体何をしているのだろう?それは頭に隙がある事だが

ほんとに一瞬「自分は何をしているのだろう」と頭をかすめる時がある。そんな時、2通りの言葉が頭をよぎる。
一つは「しやないなぁ」一つは「これやってるで」だ。どちらにしても、深い意味はない。頭に隙間があった、それだけだ。

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105回武禅一の行は終わった。

秋の「武禅一の行」は終わった。100回目の「武禅」も5年前の丁度この日だった。今回沖縄から受講してくれたN君が教えてくれた。 「100回目はピーンと張り詰めた空気が最初から最後まであったけど、今回は何か緩いですね」と休憩 […]

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武禅・自分を知る
子供は親に対して真剣だが、親は?

いよいよ明日から「武禅一の行」だ。 道場を掃除し雑巾で拭き上げ、部屋割りをし明日に備える。 「武禅」は1998年の夏に、見切り発車をした。そこから7年後の2005年、「武禅」の感想文が出て来た。 「家でこの間『武禅』でや […]

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武禅・自分を知る
「私らしく」それこそが「私らしい」のだ。

人はそれぞれに違う。言葉は合うが話は合わない。それが普通だ。それで良いのだ。それぞれに違うからだ。理解しあえなくても付き合えるし、仕事も出来る。「私らしく」それこそが「私らしい」のだ。

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武禅・自分を知る
「その人」と向かい合えていないよ、ただ眺めているだけや。




「全員と向い合いを行い、人それぞれの感じ方を聞いて、自分がちゃんと相手(その人と)と向き合えていないと感じました。
この状態では、仕事でも部下や後輩に、その瞬間に向き合えてないんだろうなと思った。」自分を知るとはこういう事だ。

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