仕事4 思ったら良いのですか?それが他人事の証だ

「思ったらいいのですか」で、そのことが他人事になってしまっていると先日書いた。

これは自分を無意味に分析したり説明するのと同じだ。
この根源は「教えられ慣れ」からくるものだし、それを何の疑いもなくやってしまう、いわゆる「良い子」で、教師や親にとっての欲求を満たす事に価値を持ってしまっていたからだ。

もちろん、教えられたこと、言われた事が出来るというのは、素晴らしい能力でもある。
しかし、そればかりだと、つまり、何か行動を起すキッカケが教師や親他という、自分以外のところからだけとなると、自分という人間、その自分が自分の人生を歩くという、一番大切ところが育たないのだ。
つまり、自主的に、自分としてという意識は育たないという事だ。

その意味で、子供の頃の大人の誘導がどれ程大事か、ということになるし、遊ぶ環境が大事だ。

とは言っても、誰も子供の頃に戻れない。

ではどうするのか?こういった人に一番不足しているのは「好奇心と豊かな感情」だ。
だから、言われた事をするのではなく、自分が些細な事でも興味を持った事を追求する事だ。

その追求していることから、自分自身を知っていく事だ。
自分自身を知るというのは、どんな状況で自分の感情が動くのか、追求するのに自分の何が足りないのか、何が過剰なのか、そういった、自分の外側に対しての自分の反応や、自分の不足している事を知るのだ。

そして、円滑に行くようにその場で補っていく、修正していけば良いだけだ。

ここで大事なのは、「すみません」と「ありがとうございます」の二つの言葉だ。
この二つの言葉は、社会を渡って行く上で、最も基本的な言葉だ。
それは、どちらも「相手」という対象に向かう言葉だからだ。

蝶が舞う

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