稽古

稽古
同時にあるのを知っているのかな

先日の日曜日に、前々から稽古の中に取り入れていた、「相手の力を感じ取る」を棒を使ってやって見た。もちろん、それ程簡単ではない。 「力を感じ取る」というのは、実際に相手の力の強さと5分5分の力を相手に提供する事も入っている […]

続きを読む
稽古
自分を知りたいだけ

例えば、ショーケースにある洋服に目が止まる。それは、何に対して止まったのかを、その瞬間に考える。色が綺麗、スタイルが細身で気に入った等々。だから、目が止まったのでは?と考える。 しかし、その裏にもっとある。かっこよく見せ […]

続きを読む
稽古
かっこよく見栄をはれ

熊野も猛暑。この暑さは、通年だとお盆の頃の暑さだ。汗をダラダラかきながらの合宿は、丁度お盆を挟んだ日程だ。ここ数年は、合宿を止めている。屋根修理が先だからだ。 生徒たちは手伝うというが、何も知らない人に手伝ってもらうと、 […]

続きを読む
稽古
一つの感覚を磨くのに10年はかかっている

昨日は、スペインから神田道場に稽古にきた。その中の一人は、熊野道場へ3年ほど通っていた。だから、「腕力を使わない」ということの稽古が、私の稽古だと理解できている。 しかし、そこを身体で理解していない人には、腕力か腕力を使 […]

続きを読む
稽古
形式という枠は

昼過ぎに福岡に飛ぶ。東京はかなり強い風が吹いているが飛ぶのかな? ここのところ愚息との会話が頻繁にある。音楽のこと、演奏そのもののことだ。 音楽は、一度形式を壊してしまわなければ、本当に「音楽が自分の中に有るのか無いのか […]

続きを読む
稽古
共通点を探す

「どうすれば」ばかり考える。稽古然り、工事然りだ。あるいは、上達然りだ。もちろん、それらが共通しなければ、虫が治らない。 私の考えや結論はこの「共通」に集約される。だから、興味が沸くほどに、その「共通」は深くなる。という […]

続きを読む
稽古
隙間に作業が一番

ザーザー降る雨の隙間に少し晴れる。その機会を逃さずに作業。こういった隙間の時は、思いの外仕事が捗ることがある。 というよりも、それが私にとって一番良い時間の過ごし方かもしれない。隙間に稽古、隙間に練習、隙間に閃く。人それ […]

続きを読む
稽古
生身のわたしを

しかし、大声を出す稽古をしても、その時に大声は出ない。それは「咄嗟」ではないからだ。稽古では、感情から湧き上がる「声」ではなく、稽古や訓練では「音としての声」にしかならないからだ。 そうすると「感情のような」設定をした声 […]

続きを読む
稽古
咄嗟の時に出来ることなど無い

何かとんでもない事件が起きると、専門家?評論家?コメンテーターといった人達が、いわゆる結果論的に「こうすれば」という話をする。「ほんまか!?」ほんと、それこそ平和ボケの象徴だ。 人は出来ることしか出来ないのだ。予想できな […]

続きを読む
稽古
飛躍は当人次第

身体のポイント、例えば何時も稽古の最初にする「肘」のポイント。どうしてそこを感覚できると、二の腕や前腕に力みが生まれないのかは分からない。間違いなく「肘」をガッチリと握られているにも関わらずだ。もちろん、私は分かろうとは […]

続きを読む