2019年3月

音楽
昭和のおっさんだからこそ

内田裕也さんのことを書いていて、「そうか、俺は昭和のおっさんや」と気付いた。何を今更なのだが、年号は平成と変わり、また今年に変わる。 しかし、やはり幼児体験とでも言うべき、小学生から思春期にかけての強烈な体験は、自分自身 […]

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音楽
内田裕也さんご冥福をお祈りします

ロッカーの内田裕也さんが亡くなられた。 裕也さんの名は、16.7の頃に知った。友人がバーテンで働いていた店のオーナーが、裕也さんと高校の頃の同級生だったからだ。同時に、道頓堀にあった「ナンバ一番」という、当時のジャズ喫茶 […]

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音楽
一心不乱に!

10年前の還暦コンサーの時は、さほど考えずにコンサートに向けてスタミナを付ける訓練を繰り返した。今回は、ドラムの奏法を新しいものに変える為の訓練に精を出している。 これは、4年前のメモリアル・ライブで試し出したものだ。も […]

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明鏡塾
今日の明鏡塾終了

「明鏡塾」はお子さんの卒園とか、諸々が重なって少人数だった。で、何時ものように、一寸ハードルを上げた。 結果、基本が更に良くなった。「呼吸を合わせる」というのは、簡単そうで難しい。「合わそう」と思っている時点で、既に遅れ […]

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音楽
生きた時間が見える

10年前、40年前と続き、今日は嬉しい事に、当時ブログでコンサートの事を紹介してくれた人が、FBで友達申請をしてくれていた。 その人のブログで「日野晃は反則だ」というフレーズを書いていてくれてそれが、私そのものを現してい […]

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音楽
後27日

大阪のコンサートまで、後27日になった。一寸焦る。集客が思ったよりも伸びていないからだ。これは10年前もそうだった。当日ギリギリの駆け込みの申し込みが多かった。 自分自身の事を考えても、「まだ、いけるやろ」という、何の根 […]

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音楽
40年前の声

先日は10年ぶりの声だった。今日は40年ぶりの声だ。 「アキラさん??」私がコンサートだけで食べられない時、彼のバンドに雇ってもらって食いつないでいた時期もあった。飯をたかっていた時期もあった。京都・祇園にあるサパークラ […]

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稽古
心を開く実際とは

「触れる」という中には強弱もある。しかし、そこで共通しているのは「ピタッと」だ。 強弱というのは、手加減で可能だが「ピタッと」は、残念ながらそちらの領域ではない。これは、武道を教えている中で、発見したことだが、よくよく考 […]

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感性
目指すものがあるというのは

「目指すものがある」「目指す何かを持っている」これほど、貴重な宝物はない。それがあるから切磋琢磨出来るのだ。 良く言う言葉に「それが無くなったら、俺は死ぬわ」だ。つまり、「生きている」ということの証とでも言うべきものだ。 […]

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人間関係
付き合いというのは

大丸心斎橋劇場でのコンサート、舞台監督を頼んでいる竹ちゃん。それこそ10年ぶりに声を聞いた。 面白いもので、10年という時間は無く、1週間ほど前に話をした感覚に陥った。時間の感覚や記憶というものの正体は分からないが、本当 […]

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