からだ
一言言葉を加えると、自分は深くなる
ややこしい事を書いているが、結局のところ、「であるならば」とか「ということは」というような、一歩踏み込める言葉を使うか使わないかなのだ。 熊野の道場を建設している最中に、大阪にある空手道場での指導を頼まれた事があった。 […]
身体に追い付かない「わたし」
「的確な指示」の為には、何が的確なのかを知る必要がある。 それを知るためには「何が」としている事の全体を知る必要がある。 と色々理屈っぽく書いているが、書くほどにややこしくなる。 しかし、こういったことを、それこそ的確に […]
的確な指示の出来ない人は、自分を評価していない人だ
「身体に対する的確な指示」は、身体能力の特別高い人であれば、無意識的に行っている場合がある。 また、この「どうすれば良いのか」を飛ばしている人もいる。 それはミラーニューロンをそのまま発動させている場合だ。 つまり、「見 […]
運動には的確な指示が必要だ
例えば、目の前にある大きなダンボールを持ち、こちらへ移動をするとする。 あるいは、相手の襟首を掴み、体落としでも大外刈でも、何でも良いが相手を投げ倒したいとする。 そうすると、必ず腕全体、身体全体の筋肉が緊張する。 その […]
成長している身体操作に満足
屋根の修理はとにかく疲れる。 それは屋根に勾配があるからだ。 そして滑るから、それに注意するから、思わぬところが緊張したりする。 毎回そうだった。 そうだったというのは、今回は不思議な事にさほど腰や足に負担が蓄積していな […]
人のセンサーは意志の方向性を捕まえる
人に語りかける、話す。 「人に」だ。 声を出したら良いのではなく、言葉を並べたら良いのではない。 確かにそれでも人には聞こえる。 でも、きちんと選り分けられる人には聞こえない。 選り分けられる人というのは、人を大事にして […]
気持ちが動かないと何も出来ない
何事もバランスだ。 その比率は若干ずれているのが良い。 1対1あるいは5対5というような安定したバランスではない方が良い。 でないと物事は動かないからだ。 私は結構決断力が鈍い、あるいは悪い。 どちらかと言うと優柔不断だ […]