感性

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天才でなくて良かった

8月に発売される書籍の為に、新しい項を書いている。 雑誌「秘伝」で1997年辺りから連載していたものを、編集者がまとめ一冊にするのだ。 それを読み返していることは、度々ブログで紹介している通りだ。 しかし、私の欲求として […]

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同じ土俵という考え方が

太田省吾さんが「能楽堂にカーンと蹴飛ばされて」と言ったそうだが、私は1970年の大阪万博の時、西ドイツ館でベートーベンを聴き、完全にノックダウンされた。 自分の出す音が、余りにも貧しい事に気付いたからだ。 音楽が違う、と […]

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省吾はええで

まだ雲はあるが、天気予報通りの晴れになる模様。 道場を掃除して、明日からの「武禅」の準備は着々と進んでいる。 先日、松ちゃんとの思い出を振り返っていた時、ふと周りの連中が「省吾はええで」という話を耳にしたのを思い出した。 […]

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お手軽な言葉

色々な種類の人達と会話をするのは楽しい。 言葉の内容ではなく、言葉の源を推理できるからだ。 このことを深く考えずに話しているな、とか、他人の話を聞けない人、という具合に分かるし、言葉の構造の理解度を知ることも出来るからだ […]

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自分らしく自由に

私が求める「武道」はどんなものなのか? それに気付いたのは1999年頃だ。 それは2000年に書いた「武学入門」を改めて読んでいて思い出したものだ。 つまり、自分の実体に気付くのに、およそ40年はかかっているという計算に […]

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自分の都合の良いように

前にも書いたように、今1997年から2005年あたりに書いた雑誌の連載記事を見なおしている。 それは1冊にまとめる為だ。 書いていることは、何一つ変わっていないが、現在の方が中身が濃くなっている分、付け足しが増える。 そ […]

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答えは無いからこそ

先日の「明鏡塾」体験セミナーでも話したのが、「今、解っては駄目だ」だ。 感覚の話、治療の実際の話他、色々実際的な話をした。 しかし、全てを「今、解っては駄目」ということだ。 もちろん、多くの体験があり腑に落ちる人もいただ […]

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分からないことは分からない

不確かな言葉をどうして使うのか、例えば「気」だ。 武道をやっている立場上、そういった言葉をよく聞くし、質問される。 もちろん、私には分からないから「分かりません」と答える。 それを使っている人は、その言葉が自分としてしっ […]

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自分の住む世界の狭さを知る

自分の目の前に現れていることは、そのまま現れたことだが、現れるまでに蓄積された努力や苦労が見える人と見えない人がいる。 見えない人は、自分のことすら分かっていない人だ。 自分のレベルを知っているのか?という問題を、常に自 […]

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例外とは、そのものと徹底的に向き合うこと

思えば、あらゆるものは、その時点での例外から発生していると言っても過言ではない。 決して主流というか、その時代の本流からは、次世代は生まれないのだ。 毎日仕事をやっているのだが、それは「自分」でなくても、つまり、人が変わ […]

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