出会いをモノにできるのは感動から
伊藤一刀斎は「身体に備わる機能を十分に働かせること」と記している。
私はそこに視点を持った。
もしも、武道に取り組む一番最初にこの言葉を知ったとしたら、現在のような身体や考え方にはなっていない。
何よりも、その真意を理解出来ていない。
そして興味もそれ程湧かなかったかもしれない。
それが「柔よく剛を制す」が、一番最初に知った言葉だったから、現在の状態になり、この伊藤一刀斎の言葉も理解出来ているのだ。
つまり、人であれ言葉であれ「出会い」が大事だし、特に最初に出会う人やモノが大事なのだと、結果論として思うのだ。
しかししかしだ。
出会いが大事だと私自身も思う。
その大事な出会いは、誰にでも訪れるものなのか?
それとも特定の誰かしか訪れないのか?
そんな事を考える。
私が今の私というか、何かしら創造的な方向に進むキッカケは、何時も書いている中学生の頃の器械体操だった。
一つ上の先輩の大車輪を「カッコいい!」と感動し「それをやりたい!」とこころが動き「絶対やる!」と決断し行動に繋がった。
この一連の気持ちというかこころの動きが、実は唯一無二の自己実現の方程式だと今なら確信できる。
言葉を変えれば「達人への近道」とでも言えるか。
もちろん、それはその頃は知らないし興味もなかったことだ。
今振り返ると、という結果論だ。
最近、ワイルド・スピード森川葵さんという女優を注目している。
彼女がTVで、様々な名人・達人の技をモノにしてしまう姿を見た。https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2023/11/20/kiji/20231120s00041000561000c.html
そこにはこの「カッコいい!」と感動し「それをやりたい!」とこころが動き「絶対やる!」と決断する、という方程式そのものがそのまま彼女にあった。
絵に描いた様に、見事に方法論を凌駕していたからだ。
それを見ていて、改めてこの方程式しかないと確信したという事だ。
私が「それはどうやってするのですか?」と質問された時「自分で考えろ」と答えるのは、この方程式の中にいない人は、目指した事をモノにしにくいからだ。
私の道場やワークショップでは、自分で考えられるだろうと思えるギリギリまで説明・解説するが、どうしても最後は自分で乗り越えて欲しいので、「自分で考えろ」となるのだ。
基本的には、自分が「やりたい」と思ったのに、他人の頭にその「方法を求める?」これって馬鹿だろうと思っているという事もある。
どう馬鹿かというと、自分の能力を完全にみくびっているという事だし、自分を成長させようとしていないからだ。
どんなことでも、「自分の力で」がまずあり、そこからしか前に進まない。
大阪ワークショップは2月2.3.4日です。