2022年4月24日
「気持ちを前に」というように使う「気持ち」だが、その正体は不明だ。それは、人によって色々違うからだ。 ただ一つ言えるのは、気持ちを「思う」と同じ感じで使っている人がいるが、それは違うのだ。 それは、「思う」は人に直接作用 […]
2022年4月22日
今日は朝から晴天なり。とりあえず屋根ではなく、中古の洗濯機が壊れかけなので、新しく型落ちの洗濯機が届くから、その下準備をしていた。少し大きくなるので、棚を外し新しく作る。排水も現物に合わせていかなければ分からないので、固 […]
2022年4月21日
大阪明鏡塾と「武禅」、そして屋根修理に熊野へ。 そんな時間の間隙を縫って、昨日はフランスから来たユキミさんや、イタリアからの智子ちゃんと、築地のお寿司屋さんへいった。コロナの話、ワクチンやウクライナの話、クジラやウツボの […]
2022年4月20日
朝、電話が鳴った。BABジャパンからだ。「先生、『考えるな、からだに聞け』が6刷になりました」とのことだ。コロナ禍で、本を読む人が増えたのかもしれない。 どんな理由があるにしろ、6刷とは驚きと共に嬉しい限りだ。5刷で驚い […]
2022年4月19日
一般的に「躾直し」は無くなって来ているように思う。つまり、「躾」そのものが少なくなっているからだ。 躾直しは、躾けられた所作や言葉使い等々を指すが、そういった所謂堅苦しい事を避けている親が多いからだ。そこに輪をかけている […]
2022年4月18日
寄る年波には勝てず、お酒は滅法弱くなっているとつくづく実感する。とは言っても、お酒の入った状態は好きだ。何かしらのタガが外れているからだ。だから、話の中で思いもかけず良い発想がある時もある。それは、回りくどい思考が働かな […]
2022年4月16日
中途修正は難しいというのは、イギリスの諺に「躾は簡単だが躾直しは難しい」というのと同じだ。諺として残っているのだから、何処も同じ事で苦労をしているということだ。 そこに輪を掛けているのが、自己評価というか自己肯定感という […]
2022年4月15日
私にとって、当たり前の事を再確認しているような「あっそうか」が出て来る。 「バランスを崩すから動く」と、歩くを説明している時、型をやる時、その「バランスを崩す」を当てはめて稽古している生徒はいるのか?と思った。事あるごと […]
2022年4月12日
ふと気付いた。 そうか「身心一如」が先にあった上での「明鏡止水」だったと。 そらそうだ、意識と行為がバラバラだったり、行為の最中に雑念が浮かんでいたり、つまり、気が散っていたら、それこそバラバラだ。 その状態で、相手の意 […]
2022年4月11日
この頃、東京の稽古で連関部位の精密化を稽古している。 例えば、定番の胸骨と肘という具合だ。それを動きを伴った形ですると、それは「身体から力を出す」になる。 結局、そういった身体の連関だとか連動は「身体から力を出す」であり […]