今日から「武禅」それこそ吠える2泊3日の始まりだ。

今日から「107回武禅一の行」だ。
毎回常連達の顔を想像しながら進行を考える。

それこそ「どうすれば?」だ。
どのやり方が響きやすいのか?これを考えるのは不可能なのだが、よりそこに近づけたいと思うからだ。

先日、知人が面白い事を指摘していた。
「どうして子供には予習復習しろと言うけど自分はしないのか?社会の方が遥かに複雑なのに?」と書いていたのだ。

もちろん、何が予習で何が復習なのか、それ自体を自分自身が決めなければならないのだが。

知人が書いた文章を読み、ある会社の社員達の顔が浮かんだ。
会社に入ってから業務に追われ、勉強などしていないのだろうからだ。
業務は業務なのだが、そこに絡んでいる取りあいの部分の事を何も知らない人が多いのだ。

もちろん、知らない事が悪いのではない。
知らなければ聞けば良いのだが、「教えを乞う」という行為が出来ないのだ。
面白い事に、高学歴の人ほど質問や教えを乞うのが上手だ。
「どうして?」だ。

仕事の段取りや、そこにおける役目は、その職場職場で異なる。
だから、知らなければ出来ないばかりか、結果邪魔をしている事になる事も多い。

そして、役目そのものを明確に知らない人も多い。
当然、そんな職場は回らない。

特別養護老人ホームのスタッフ達の研修をやっているが、前回から実技を入れた。
言葉だけの研修では、何を理解して、あるいは、何を学んだか?がよく見えない。
こちらも、その役職に応じて話しているし、相応の実力があると仮定して話す。

しかし、実技を入れたら、こちらの判断ミスだと気付いた事が多々あった。
言葉では何とでも言えるが、実技はそうはいかない。
全部見えるからだ。
その実技のレベルに応じて言葉を出すようになる。
そうすると、今まで動かなかったものが動くようになったのだ。

「武禅」は、全て実技だ。
だから、人がよく見える。
だから、講座内容をその都度変更出来る。
その意味で、私自身の勉強になるから「武禅」自体も進化するのだ。

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