次世代は、当たり前の事、「情熱」が格差を広げるだろう
2023年、年が明けた。
近くにある鳥越神社にお参りをした。
小さな神社だが、午前1時頃には行列が出来ていて1時間程並んだ。
昨年下半期の収穫は、何と言っても小学生のレウォン君の「漢字ミッション」を知った事だ。
ホリエモンを始め元マイクロソフト社長やビジネスの最先端の人達を前に行ったプレゼン(https://www.youtube.com/watch?v=cbmThPKfwpM)は秀逸だった。
こういう少年を知ると、年齢や小学生という既成の枠は無いに等しい事が分かる。
もちろん、私自身の頭の中にあるかすかな枠にも気付く。
レウォン君は学校の勉強で活用されている「漢字ドリル」は、子供達の学ぶ力を奪っているという。
つまり、意味や成り立ち他その漢字にまつわる全てが、そのページに詰まっていて子供達の好奇心を削いでいるという事だ。
レウォン君自身は、漢字ドリルが大嫌いで、それは反復練習ばかりだからという。
漢字そのものは必要だし、大事なものだと思っている。
だからこそ、反復練習や情報が詰まったドリルに不満を感じたのだろう。
そういう事を小学4年生で気付き、そこから工夫を重ね「漢字ミッション」を創り上げた。
で、私はレウォン君のプレゼンの何が秀逸だと感じたのかというと、それは「情熱が伝えるべき内容を上回っていた」からだ。
レウォン君以外に、何組かがプレゼンをしたが、たった4分が退屈極まりない時間だった。
それは、内容を羅列しているだけで、肝心のプレゼンをする人そのものが浮き出ていないし、そのものを起ち上げようとしているその人に、何の情熱も感じ取れない、いわゆる、今の若者そのものだ。
つまり、プレゼンという形式があるだけで、決してプレゼンにはなっていないのだ。
ホリエモンもその事を指摘していた。
大事なのは中身ではなく、プレゼン能力だとまで語っている。
プレゼン能力、つまり、プレゼンを受け取る側と発信する側、相互の「関係性」を繋ぐ事が大事なのだ。
他の人達と、レウォン君との決定的な違いは、好奇心に端を発しているのか、意味や価値に端を発しているのかの違いだ。
好奇心に端を発しているから、その好奇心の赴くままに創り上げたレウォン君。
起業する意味や、その中身の価値から端を発している他の人達は、意味や価値が足かせとなり窮屈極まりないのだ。
そして、一番感じたのは、「意味や価値から」は古いという事だ。
古すぎて何を言っているのか分からない、そんな印象だ。
もちろん、最先端の勉強をしているだろうし、情報も持っている。
がしかし、それはAIがはじき出せる範疇であり、そこを脱するアイディアではない、つまり、古いのだ。
というと、次世代は何?となるだろう。
それは次世代ではなく、人間の持つ普遍的な感情であり情熱ありき、それを湧き上がらせる好奇心だ。
これらでしか「人を人足らしめない」のだ。
そして、その情熱から発せられた「私」は、間違いなく多くの人を巻き込み、応援を巻き込むのだ。
そもそも応援したくなるのは「その人の必死さや頑張りに」だ。
そして、その根源は「情熱」なのだ。
こればかりは、年齢とは関係が無い。
好奇心を持ち情熱に火をつけられたら、何よりも「自分自身が充実」し豊かな人生そのものになるのだ。