子供は好奇心が無ければ無視するものだ
時々、神田道場が託児所のように騒がしい時がある。
「身体塾」に来るお母さんが、お子さんを連れて来る時があるからだ。
もちろん、10人もいる訳ではないが、たった一人でも相当騒がしい。
そんな時、ほんとに子供の生命エネルギーの強さに驚く。
つまり、ワイワイと強烈に騒ぐのではないが、雰囲気が騒々しくなるのだ。
1歳の頃から連れて来ていると、その成長ブリに改めて驚くと共に、様々な疑問が湧く。
生命エネルギーもさることながら、好奇心の有無の明確さ、意志キャッチ能力の鋭さに驚くのだ。
こういう状態は、きっと全人類共通している筈だ。
この小さな未成熟な人間が、20年30年と時間を経過すると、どうして灰色になるのか。
生きているのか死んでいるのかサッパリ分からない。
そして、まるで羊のように何かに従順な家畜のようになるのか。
その小さな子供が一人遊びをしている時、周りの大人が声をかける。
子供はまるで聞こえていないかのように無視をする。
あるいは、その声の方に視線を向けるが、チャラ弾きならぬ、チャラ言葉を投げかけていると、完全に意識をそらす。
しかし、声を掛けた大人は、その子供の反応を見ていない。
いや見えていないのだ。
だから、子供とは関係なくずっと話しかけている。
つまり、数10年の間に、関係に関わる能力が退化してしまうということだ。