カッコええやん

昨日、大阪の稽古を終え食事の時、「かっこいいのが一番」という話題になった。
一人が「カッコ付けすぎ」と若い頃に言われた事があると告白。
身に付いていない時は、誰しもそうだ。
そこをどう突破していくのかが、自覚と客観性の磨きになる。

かっこいい、言葉を変えれば「美意識を持っている」となる。
もちろん、質もレベルもあるが、少なくとも持っていない人よりは良い。
自分の自意識のレベルを、何時か気付けるチャンスを持っているという事だからだ。

ただ、そこを直球で切り込んでくれる他人、友達を持っているのかどうか。
あるいは、自分に「切り込んでも良いよ」と、心が開いているのかどうかだ。
自分にそういった他人からの切り込みの経験の無い人は、無意識的に心を閉ざしていると自覚する事だ。

前にも書いたが、稽古をしていても、アドバイスをしたくなる人と、勝手にやっておけ、と思う人がいる。
これも同じで、自分の殻が分厚い人、心が開いていない人には、声をかけようとは思わないしかけられない。

少なくとも、美意識の欠けらでも持ち合わせていたら、電車の中で化粧をしようとは思わないものだし、人の前でゲームに熱中しないものだ。
だから角度を変えれば、美意識を持たない人には「他人がいない」という事なのだ。

その癖、他人の目を気にする。

それを「子供」というのだ。

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