表裏一体だが

屋根修理が捗っている。
但し寸法が中途半端なので、一々製材所に行かなければいけない。
ま、仕方のない事だ。

今日は、NHKとの打ち合わせをリモートで行う。
明るさは大丈夫かな、てな事を考えてしまう。

先日「表裏一体」という事を書いた。
しかし、考えて見れば表裏一体こそ、視点をどう持つのか、どんな認識をしているのかの典型的な言い回しだ。

武道でも、現象と内容が同時にあるから、現象に注視する人内容に注視する人に分かれる。
多分91で殆どが現象だ。
では、内容に変えれば良いではないか、と人は思う。
しかし、残念ながら現象にしか目が向かない人は、その年齢までそれで来ているのだ。
だから、内容に変更といっても、理解は出来るが実際には出来ない。
見ても見えないのだ。

もちろん、では不可能なのかというとそうではない。
訓練次第だ。
但し、登山の素人が冬のモンブランを登頂するよりは難しい。
そこを根気よく訓練する事で可能になるのだ。

人は、自分の事なのに、その根気を持てないから驚く。
そんな時、もっと違う要素があって、その人は諦めるのかな、と考える。
そう言った具合で、人は常に何かしらの考えるヒントをくれるのだ。

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