受け入れるでは育たないで

「この現実を受け入れられない」と話す人。

何時の頃からか「受け入れる」という言葉を一般の方が使っている事に気づいた。
「何を言っているのだろう」と当初分からなかった。

もちろん、言葉は分かるが、現実はどんな事だろうが「見たまま」にある。
事故であろうが災害であろうが、現実は無残な姿を見せている。
だから、そこに必ず反応があり、そのことが自分自身の感情の動きや精神を成長させていくのだ。

お年寄りが、そういった大きな災害にあっても「仕方ないね」と済ませてしまう、その達観した域には達せないのだ。
達観した域に達しているのは、そういった災害や様々な不測の事態に、真正面から対応してきた結果であって、単純に年齢を重ねたということではないのだ。
逆にいうと、様々な不測の事態は、社会的には相当のダメージがあるが、個人的には成長のチャンスでもあるのだ。

しかし、この「受け入れる」とか「受け入れられない」という、自分自身を客観視した言葉は、その反応も感情も精神も育てることは出来ない。
客観視だから、頭脳の作業に転嫁してしまうからだ。
当事者としての日本語なら「この現実に言葉も出なかった」が妥当だろう。

私なら「えっ、どうなってんの?あかん、じゃあどうしよう」だ。

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