教えるという事は

昨日「東京明鏡塾」9期の今年の講座は終了した。
残念ながら、インフルエンザや所用が重なり受講生は少なく、こじんまりとした講座になった。

身体の繋がりは、結局のところどれほど体感格が優れているのかで決まる。
そんなところから、昨日の講座は何時もの難しさを保ちながら、そこへのアプローチの仕方、手応えの掴み方を稽古した。

関節は曲がるが、曲げずに使tたり、曲がった関節をそのままにし、身体にアプローチする稽古もした。

これらは、もちろん武道での稽古で、体感覚が鋭くなっているから、、アプローチから出来上がりまで指導出来るのだ。
こういった事は、習って覚えた身体運動しか知らない人には分からない。
習っていない事は分からないからだ。
もちろん、好奇心の優れた人なら習ったことをヒントにして、独自で見つけ出す可能性はある。
しかし、習った事から離れるのは至難の業でもあるのだ。

教える難しさはそこにある。
どうすれば、自由な発想が出来るようになれるのか。
どうすれば、習ったことを固定化されないように出来るか。
一番厄介なのが、どうすれば私を追い越す人を作り出せるかだ。

武道では、本当にそれだけを考えてやってきた。
教えている私を追い越せ無ければ、教える意味など全くないからだ。

次のワークショップ岡山です。

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 岡山
1月11,12,13日
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