当たり前の事?
当たり前やろ!よく使う言葉の一つだ。
当たり前などあるのか?とも使う。
これらの使い分けは状況によってだ。
だから、言葉は生き物、生物(ナマモノ)でもあるのだ。
つまり、自分の人生が平坦であれば、そうそう違った状況を体験しない。
そうなると、言葉の解釈に幅を持てないということになる。
いわゆる杓子定規でしか理解出来ないということだ。
そういう人と何気なく会話をすると、全く日本語が通じていないのが分かる。
通じていないと分かると、即座に標準的な理解ですむ単語を探しながら話す。
これも会話の面白さだし、訓練でもある。
私にすれば、それが出来て「当たり前やろ!」なのだ。
人は違う、という大前提があるのだから、会話で四苦八苦し工夫をするのは当たり前なのだ。
人は違うのだから、その当たり前も人によって違う。
単純には、勉強をたくさんやって来た人にとって、勉強をするのは当たり前だろうし、私のようにやって来ていない人は、やらないのが当たり前だ。
という具合に、当たり前も違うのだ。
そして、誰でも自分の持つ当たり前を他人に押し付ける。
私も間違いなく他人に押し付けているようだ。
「ようだ」というのは、あまり自覚が無いからと、稽古の方法は私の体験から「これが良い」と思っているからだ。
いずれにしても「当たり前」の事だ。
ワークショップ次は岡山です。
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岡山1月11,12,13日
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