いじめとメジナ

人気者というか、魚研究の第一人者である、通称おさかな君。
彼のブログがリンクされており、そこには「いじめ」の事が書かれてあった。

メジナという魚は海の中では、仲良く群で泳いでいるが、狭い水槽に入れると、一匹を仲間外れにして攻撃を始めるという。
その一匹を取り出すと、残ったメジナは別の一匹を攻撃するそうだ。
逆に攻撃しているメジナを取り出しても、別のメジナが攻撃を加えるという。
この視点は、おさかな君ならではの視点だ。

ここから考えると、海の中では群で仲良く、というのは、捕食者から身を守る為に、という全体の目的が明確だから、つまり、生存するという目的が群を生み出し、捕食者から身を守っているのだ。
だが、水槽に入れると、捕食者はいない。
そうなると本能の誤作動が起こるのではないか、と私は考える。

一つに敵がいない、一つは、そのことによるストレス、一つに、環境の変化によるストレス。
それらの相互作用が、一匹を攻撃するという行為になっているのではないか、と考える。

そこから「いじめ」を考えると、日本など先進国ではまず敵はいない。
という事は、自分の生存を確かなものとして実感できる「何か」がない。
ここを考えるのは、世界に紛争地域があるが、ここではきっと「いじめ」という陰湿な行為は無いのではないか、と考えるのだ。
というのは、そんな馬鹿みたいな事をやっている暇も余裕もないだろうからだ。
何しろ、自分の生命が危険にさらされているからだ。

海外では荒っぽい遊びや、スポーツが盛んだが、それはこういった危険に対する代償行為だと考える。
日本では、そういったことも封じ込まれているので、生命の危機に対して、という本能が素直に発動しないだろう。
子供は基本的に危険な遊びが好きだ。
それは、この生命の危機に対する本能を育てるための「本能」だろう。
そこに潜在的にストレスが蓄積されている、という大前提を多くの子供達は抱えているのだろう。
という状態での家庭教育、そして学校。
メジナにおける、狭い水槽以上の複合的なストレスを抱えている事から、暴発としての行為、という考え方もあるだろう。

もちろん、「いじめ」は良くない。
しかし、良くないというお題目だけで、何とかなる筈もない。
しかし、視点を変えてみると、何かしら取り組めることもある筈だ。
それで効果がなければ、また考えれば良いだけだ。
間違いなく子供はみんなの宝の筈だからだ。

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6月1日 新宿ルミネゼロ

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