孫悟空には出来なかった

「明鏡塾」6期の募集を考えていた時に、ふと気づいた当たり前の事がある。

「関係が大事」だと言っているが、その関係とは何かの明確な言葉を持っていない。
というのは、一般的に言う「関係」というのは、親子関係、上下関係、友人関係等々と使われている、何かと何かの関わりを持つことだ。
しかし、私の言う関係は、そういった文化的なこと、意識的なこと、意図的なこと、というような、特別にあるものではなく、既に有ることだ。
そして、その「状態のこと」を言おうとしているのだ。
鏡を見た時、自分の顔が写っている、そんな状態だ。

だからその意味では、いわゆる関係という意味を完全に逸脱しているということだ。
つまり、私たちはその関係という考え方を持っているから関係を使えるのではなく、既に関係しているといいたいのだ。

重力との関係、空気との関係、環境との関係、とにかく、あらゆるものはこの関係で成り立っているということだ。
もちろん、それは森羅万象を「関係」という言葉で言い表そうとしているだけであって、この言葉が有ろうが無かろうがそんな状態だということだ。
で、どうして「関係が大事なのか」だが、それは先程の一般的な「関係」の意味を知っているばかりに、枠を決めているということになる。
その枠を外さなければ、純粋な関係を生じないのだ。
つまり、意識が邪魔をしているので、それを取り除こうということだ。
しかし、と考えるのも意識だ。
で、どこまでいっても意識の枠から外れることは出来ない。
それがお釈迦様の手の上から出られない、という孫悟空の話だ。
そこでどうするか?で「感覚」そのものなのだ。

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