ジャンルを超えて

1月10日の為のドラムの特訓は、結局肘打ちしかない。
肩や肩甲骨、それに手首。
これらは全部「肘のコントロール」でくくる事が出来るからだ。
今日のように細分化された色々なトレーニングも悪くはないのだろうが、それを全体、全身として見た時、あるいは、そのジャンルとして見た時、どれほどの効果があるのだろうと考えさせられる。
つまり、「分からない」だ。
私の教室やワークショップでは「分からない」という言葉は使うな、という。
それはその言葉によって、思考を遮断してもよい、無視してもよい、というような流れになるからだ。
しかし、本来的に「分からない」は、頭の片隅に残る長いスパンの宿題のようなものだ。
例えば、手首を動かすという解説があり、それを見たとしても、実際自分の身体ではどうなるのか、やってみて、続けてみなければ分からない。
続けてみたところで見たものと同じかどうかは分からない。
「分からない」ものなのだ。
その意味で「分からない」を使う。
ドラムの特訓の肘打ちは、武道の肘打ちと何ら変わることはない。
それは、ドラムから肘の重要性を発見し、そのことから武道での肘打ちの価値を見出したからだ。
という具合に、ジャンルを超える視点を持っていれば、より本質的な思考が出来るようになるのだ。
とにかく、1月10日に向けてがんばろう!

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