今日で終わり

6月1日から東京教室は引っ越しします
場所:江東区森下3丁目11-12 千葉ビル1F
地図はhttp://yahoo.jp/m9Xx6B
https://www.hino-budo.com/tokyo.html
本日をもって田原町の教室は終わった。
次からは「森下」の教室だ。
それこそ、東京教室放浪の末、このアートピットを見つけた。
それから何年になるのだろう。
教室に来る人たちが、一転二転し、現在の人達に落ち着いている。
森下に移れば、また来る人が変わるだろう。
そんな中で、どんな人が残っていくのか、あるいは、誰も残らないのか、いずれにしてもそれが楽しみだ。
「力を抜く」は力みをとれという意味だ。
脱力をする、ではない。
そして、それは運動の問題、肉体の問題ではない。
思考の問題、欲求や自意識の問題だ。
カチカチに力んだからだは、自分が作り出したものであって、自分が知らない間にカチカチの身体になる筈もない。
自分が作り出したというのは、カチカチになるような思考や欲求、そして自意識が作り出しているのだ。
当然、手をブラブラにしようが、脱力めいたことをしたところで、それが治る筈もない。
自分の身体や、自分そのものは自分が作り出している、と、どうして気付けないのだろうか?そこが何時も不思議に思うところだ。
それこそ、自分以外の何か、神や仏が作り出しているとでも、思っているのだろうか。
紛れもなく自分自身の思考が作り出している以外のなにものでもない。
だから、そこを変えていかなければ、力を抜く、つまり力みをとる事は出来ないのだ。
もう20年も前になるだろうか。私の唯一知る合気道の達人が、若い人を伴って道場へ来られた。
「日野さん、一つこいつを鍛えてくれないか。いくら力じゃないといってもどうにもならんから」と、如何にも強そうな若者を紹介してくれた。
それから20年。
その彼は、ある部分では力まなくなって来ているが、根本は何も変わらない。
もちろん、その人なりの進化はあるが、その根本に自分が大手をかけない限り、自分を崩す事は出来ない。
つまり、力む自分を修正する事は出来ないのだ。
20年という時間は、そういった色々と教えてくれる。
2014福岡ワークショップ
6月20,21,22日(金・土・日)
http://rbchinoriron.web.fc2.com/workshop.html

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