進化の過程

指示されたことが出来ないのは、「出来ない」のではなく、指示されたことを勘違いしているだけだ。
もちろん、幻想や空想の類の指示、無茶苦茶な話は別だ。
具体的なことをする為の指示だから、何を勘違いしているのかを見つけることが鍵になる。
勘違いの原因は、過去の自分自身の「出来た」への過程を当てはめてしまうところに発生する。
よくよく思い出すと、私自身もこの「漠然とした言葉」の探求の連続だった。
例えば「ドライブするように」「あきら君のドラムはよく歌うね」これらは、ドラマー時代に言われた言葉だ。
ドライブ??もちろん、それはどういうことなのか、誰も教えてくれなかった。
後から思えば、言葉には出来ないことだと分かった。
歌う?ドラムやで?これも謎の一つだった。
しかし、これらは実は関係性の妙だった。
それは、ジャズではなく武道を突っ込みだして気付いたのだ。
私がよく口にする「流れに乗る」「流れを作り出す」と同じだ。
歌うというのも、結局は流れの中の抑揚だ。
という具合に、全く別のことから、その言葉を見つけ出すことも出来るのだ。
だから、皆には分からない言葉に出会ったら、理解しようとせずに頭の片隅に残して置くように、とアドバイスをする。
どれもこれも、自分自身の体験から気付いたことだ。
しかし、もう片側には、その漠然とした言葉を、実体化させる方法(言葉も含め)も存在するのは確かだ。
それを自分自身で見付けだすのも、自分自身の進化の過程だ。
「表現塾」では、「まず観客を掴め」と言う。
もちろん、何もせずにだ。
「ええ~、どういうこと?」初めて聞いた人はそうなる。
完全に漠然とした言葉だ。
掴み方はそれぞれのジャンルによって異なる。
以前、クラシックバレエの名花、新国立劇場のプリマだった、酒井はなさんが「緞帳が上がり、オーケストラが奏で、3.000人の観客が一斉に私に注目するでしょう、その力に圧倒され、何度後ろに倒れそうになったことか」と話してくれた。
それは、酒井さんが3.000人と、そしてオケと、真正面から対峙している、つまり、それらを完全に意識しているからだ。
身体で視線を感じ取っているのだ。
だから、酒井さんの踊りに観客は惹き込まれてしまうのだ。
そこが、この観客を掴め、何もせずにの実際だ。
がんばれ!!

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