話は通じない
昨日のTVの提案を聞いている時、ふと思った事がある。
人は自分の知識の範疇、常識の範疇にないものと出くわした時、「インチキ・やらせ・トリック」だと反応する事だ。
武道での技に対する反応など、その最たるものだ。
その癖、詐欺に引っかかったり、世間にある色々な騙しには抵抗なく引っ掛かる。
この違いはどういうことか?と思った。
引っ掛かるのは、常識の範疇をうまく使っているからだろうし、常識で考えられる範疇スレスレのトリックだからだろう。
これは、何時も書いているいるように、欲と絡んでいるからだ。
先日、一旦停止無視でパトカーに乗せられた。そこで警官が注意して欲しいという事で、「お金が戻ってくるという詐欺が、田辺でも被害者が出ているから」というものだ。
お金という欲が、引っ掛かる元だ。
テーブルマジックの達人級の技を見て「インチキだ」とは誰も言わないのは、技術だという認識があるからだ。
スポーツの世界でも同じだ。
金メダルを取る人の身体能力をインチキだとは言わない。
では、どうして武道の技では「インチキだ・やらせだ」と取る人がいるのだろうか。
と書いていて思うのは、武道をそもそも認識している人が少ないから、あるいは、殆どいないからだろう。
スポーツをインターハイレベルでもやっている人は、そのレベルがあるから「インチキとかトリック」という見方はしない。
それは、私自身が様々なスポーツ選手に頼まれて指導する事があるから分かる。
先日、JOCジュニアオリンピックの日本での大会で2位になった選手も、小学生の頃から指導に一役かっている。
競輪選手もそうだ。現パラリンピックの強化コーチも、現役のトライアスロン時代は指導した。
その意味で武道は凄い、ということではなく、その人達は「使える何かがある」と感じ取った人達だ。
海外でも「武道のインチキ」について取材を受けた。
私は「見方は人それぞれだから興味はない」と答えた。
本音のところで、人がどう思うかはどうだっていいからだ。
私は、インチキだという人からお金を貰って生活しているのでもなければ、生きさせて貰っているのでもないからだ。
「やらせでしょう」と聞かれれば「そうですよ」と答える。
そこで、どんな仕組みがあり、結果どういう状態になる、というような事を説明しても、理解出来ないのが手に取るように分かるからだ。
日野晃’古希’ドラムソロコンサート
4月12日 大阪大丸心斎橋劇場
6月1日 新宿ルミネゼロ