看という見るを
道場修理の材料を買いに田辺に降りた。
材料を調達し、帰りに高校の空手部をのぞいた。
新しい1年生が入って、相当賑やかな体育館になっていた。
クラブのオリエンテーションで、活躍した女子が演武を披露したそうだ。
迫力があっただろうと想像する。
すると、女子が男子よりも多く入部したそうだ。
男子はビビッて「やめとこ」となるそうだ。
「どういうこっちゃ?」男子、頼むで!
空手部の顧問は、看護学科で頼まれ話をした。
話の中で、武道の「看」について話した。
看は、看破の看だ。
これは私は空手の先生から教わった。
「見視観察と看」という言葉だ。
同じ見るでもこれだけの見るがあり、特に最後の看は重要だと教わった。
もちろん、それぞれはどういうことかと説明を受けたのではない。
それは自分で調べるなり、想像するなりしなければいけない。
当たり前だ。
顧問の話を聞きにきていた、地元の大きな病院の看護師長に、病院で話をして欲しいと頼まれたそうだ。
同じ怪我を見るにしても、「怪我」を見るのか、どんな状況での怪我なのか、恨みのある怪我なのか、自分の失敗の怪我なのか、そんなことも看破し気遣わなければいけないのではないか、という話をしたという。
高校の先生ではなく武道家ならではの話だ。
確かにそうだ。
状況次第で心理状態が違う。
当然、怪我の治りも違う。
そこで重要になってくるのが会話だ。
話によって、そんなことを引き出し同時に気持ちを穏やかにさせることが重要だ。
昼間の「しながら」だ。
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