三日目終了
3日目終了。
何時ものことながら、ワーク・ショップが終わりに近づくと、受講生に対して少しシビアになる。
それは、受講生は自分の時間、自分のお金を使って、「わざわざ」新木場まで来ている。という実際的行動を行っている、という自覚がないことだ。
自覚があったとしても、もしかしたらお遊びに来ているのか、カラオケのノリか、あるいは、レクリエーションのつもりか。
そういった姿勢に対してシビアに迫ってしまうのだ。
どうも真剣さに欠けるのを感じる。
定番の正面向い合いで、常連のダンサーが初参加の男性と組んでいた。
見ていると、その男性は他人との関わりが苦手だと見えた。
私はその男性に近寄り「君は他人と会話をしたくないのか」ときいた。
男性は「少しは」と答えた。
すかさず「少しくらいは会話をしたいと思うなら、即刻介護の仕事を辞めろ」といった。
男性は介護士だ。
介護の仕事は、利用者の方や患者さんとの会話は不可欠だからだ。
すると「会話をしたいです」と言う。
「君は人間関係を円滑にするのが苦手だろう」ときくと「そうです」という。
であれば、苦手などどうでもよくて、仕事の為にそれを自分で克服しろ、でないと、一生そのままの自分だぞ、と叱咤した。
その数秒後、男性は変わっていった。
まず、組んでいた相手のダンサーが驚いた。
誰が見ても「一生懸命・真剣」にその自分に取り組んでいたのだ。
「明鏡塾」に来る理学療法士や整体師の人達も、男性の変化を見て大いに喜んでいた。
真剣な姿は誰にも見え、真剣な人達はその姿を見て自分の事にように喜ぶのだ。
もちろん、ちゃらけた人もいる。
そういう人には、彼の成果は見えていない。
自分に照らし合わせるということをしないからだ。
悪い意味での「自分は自分」なのだ。
しかし、たった2時間でレクリエーションの人と、真剣な男性の間に差は間違いなく付いている。
同じ時間、同じワークをやっていても、大きく差がつくことは常にあるのだ。
ワークの前には、「ワークを通して自分に取り組むのですよ」と言う。
この中学生でも理解できる日本語が通じない大人がいることに愕然とする。
どんな世界の住人なのだろうか?
自分が自分に真剣に!
そんなことすら失われていく、「そのままでいいのですよ」という標語。