話が通じない、よりも気持ちが通じる方が

言葉が通じないのと同じように、気持ちが通じる通じないがある。
これの一番明確な体験を外国で体感した。
2005年に初めてフォーサイス・カンパニーでワークショップをした時だ。
カンパニーのベテランであるスペイン人の女性ヨネさん達数人が、正面向い合いのワークをした時、涙ぐみ私に「ありがとう」と言ってくれた。
生まれて初めての体験だと語ってくれた。
2週間のワークが終わり、別れ際にヨネさんが私をじっと見つめた。
私もヨネさんを見つめた。
そしてどちらともなくハグをし、一切の言葉は無く微笑み合って別れた。
最近では、マルセイユで出会ったダンサー、カトリーヌが、私の一番深いところにコネクトしてくれた、と涙していた。
私はロクに外国語を話せない。
しかし、気持ちには言語がない。
有るとすれば波長だけだろう。
その波長はお互いをシンクロさせる。
その事で、お互いがそれぞれに確認し合えるのだ。
このヨネさんや、マーツ、アマンシオさん、何れも未だに良い付き合いがある。
良い付き合いというのは、言葉での説明のいらない付き合いのことだ。
それは何故か、行動を見ているとお互いを理解できるからだ。
と考えると、説明のいる付き合いというのは、気持ちが通じていない付き合いではないか、と思える。
沖縄でのワークショップを主催してくれている幸美先生や、娘のカノンちゃんを始めとする若い仲間たち。
どの人達とも気持ちが通じる。
だから、気持ちが良い。岡山の藍ちゃんや山下さん。
と考えて来ると、やはり気持ちというのは感性とダイレクトに結びついているのではないかと思える。

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