似ている?

「日野さんのやっていることは、○○さんのやっていることと似ていますね」と言われる事がある。
もちろん、そうかもしれないし、そうで無いかもしれない。
人はそういう風にカテゴライズしなければ、安心できないように教育されているのだ。
「画一的にしてしまう」のだ。
個性だ、個を尊重と言っているのは、建築現場にかかる標語なのだ。
むろん、その「似ていますね」という人も、きっと個性だ、個だと言っている筈である。
そもそも、そう言っている自分は、私の何と、○○さんの何を比較したのかだ。
また、比較するレベルを持っているのか、だ。
時々、そういった人に突っ込んでみる。
「何が似ているの」と。
そこでも、一つ分かる事がある。
それは、「似ている」といった人が、自分が何を言ったのかを分かっていないことだ。
つまり、発声したことは記憶しているが、どんな内容、他人はその内容をどう受け取るか等々を、まるで分かっていないことだ。
どこかのセミナーで習い覚えた言葉、そのセミナーにしても、本当に講師が自分の人生を賭けて探求したものではなく、講師もどこかのセミナー、どこかの書籍等で覚えた事を羅列していることが多い。
実際、自分自身が、自分自身の人生体験の中で気付き、発展させたものをどれだけ持っているのか、その事を知恵というのだ。
その知恵が自分自身の武器になるのだが、大方はそこを知識ですり抜ける。
すり抜けられると思っているのだ。
しかし、それは先程の「人にレッテルを貼り付ける」だけの事をしているだけで、実際自分自身は実体として何も分かっていないのが殆どだ。

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