えっ、うそ!こんな顔?

4月28.29.30.5月1日京都ワークショップ
詳しくは
https://www.hino-budo.com/2014KyotoWS.htm
「みんなスマホやアイフォンを持っているでしょう、それを出して、3人目の人に話している時の写真や動画を撮ってもらって下さい。自分がどんな顔をして相手に話しているのか、どんな顔をして人の話を聞いているのかを知って下さい」
関係塾の一コマだ。
誰も人の話を聞いていないし、人に話もしていない、という指摘が腑に落ちないから、この状況を作ったものだ。
みんな、自分の写真や動画を見て愕然としていた。
そう、誰も自分に本当の事は言わないのだ。
それは、波風を立てずに予定調和にしておくのが無難だからだ。
あるいは、相手の人も人を見ていないから、そんなことに気付かないからだ。
つまり、お互いに無視し合っているにも関わらず、友達とか親友だと思い込んでいるだけなのだ。
ワークショップも後半になると、結構ダイレクトで人に向かう。
「自分ではもっと表情豊かだと思っていたけど、実際はノッペラとして気持ちの悪い顔だったので驚いた」
とショックを隠せない。
特に役者やダンサーにはショックだった。
「関係」というのは、思い込みでもある種のイメージでもない。
具体的なこころの感応状態なのだ。
その感応できる自分を作らなければ、何も起こらない。
そういった種類の色々なワークが有るが、講師そのものが関係できないのだから、指導できる筈もない。
しかし、大方の人は言葉の意味だけを解釈する癖が出来上がっているから、もっともな言葉、もっともな話に納得し、関係できる自分になったと思っているだけだ。
そんな思いは、本当と接する事が出来るようになると、気持ち悪い人の何者でもないということを実感する。
話を聞いて、あるいは簡単なワークをして、自分の何かが成長するのであれば、これほど楽な事はない。
そんなことは、地球のどこを探しても無い。
稲が育つのにかかる時間は、殆ど変わらないのと同じだ。
「身体塾」は胸骨の続きから、歩くを稽古。
そして肘のコントロール。
これは、どれだけ自分の身体、相手の身体に関わるのか、の稽古でもある。
その事に集中しているときは、全ての人は人と関われているからだ。
心地よい静寂が会場を包んでいた。
今日は楽日。
関係の実感をもっともっと持ってもらう。
そして、日常で舞台で置き換えられるようにしていく。

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