それは助言か?

先輩が後輩に助言をする。
それは、どこにでもある光景だと思っている。

問題は、助言が適切かどうかだけだ。
助言をされる側の実力以上の事を助言しても、される側には理解できない。道場で見ていると、多くはこの「理解できない」側の助言になっている。
だからそれは助言ではない。
それは、自分の意見を押し付けているだけ、あるいは、一方的に話しているだけだ。
だから、時折「それは助言ではない」と怒鳴る自体になる。

そんな事を見ていて気付いたのは、「自分のやれている事を理解していない、認識していない」事が原因だろうという事だ。
これは、多くの人もそうだ。

もちろん、日常でもそうだろう。
自分はどんな経過を経て、「その技術」を体得したか、と「何を体得したのか」を全く認識していないという事だ。
それがゼロなら、助言など出来る筈もない。
「出来ているだけ」だからだ。

それは、「習っているだけ」であって学んではいないという事でもある。

だから、「指導をするという事が、一番の学びだ」という言い方もあるのだ。
指導をする事で、自分を振り返る事が出来るからだ。

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