出来ない自分を作った自分に泣け

「武禅」の再開を何となく伝えたが、もう既に残席10名になってしまった。

「関係」そのものが難しいのではない。
それを分析したり説明する、自分の頭が迷走しているから難しくなるのだ。

本当の意味での関係は、人の思う社会的役割としてのものではない。
それぞれの「個」がそれぞれに自然発生的に関わるものだ。
だから、やけに親しくなるのでもない。
どちらかと言うと、それぞれが完全独立、完全自立した状態での関わりだ。
アマゾンのジャングルで、それぞれの木や草花が、それぞれに生育しているそれだ。
そこにある関係状態が、生命であり生物が遺伝子的に持つものだ。

自分の頭が迷走しているから難しい、ということに「武禅」では気付いていく。
感想文の中に秀逸なものがある「出来ない自分に泣くのではなく出来ない自分にしてしまった自分自身に泣かないといけない。」と書いたのは、若い青年だ。
こういった高度な、あるいは深い気付きがあるのだ。
もちろん、習うものではない。
それは既に遺伝子に刻み込まれているものだからだ。
あがいて、もがいて気付いていくものだ。

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