どこから取り組むか、だから冒険なのだ
武道の基本となる「体重移動」がある。
例えば、腕を使って、棒を使って、木刀を使って、という具合に色々なバリエーションで「体重移動」を体感していく。
同時に「体重移動を行える身体」を作っていく。
そこに終着点は無い。
終着点は自分が決めることだ。
「これで良い」と決めればそれでよいのだ。
ただ、入り口はある。
私の動きは、多くの人にとってその意味で入り口の手本にはならない。
熟練者にとっては入り口が見える。
それは仕方のない事だ。
入り口がある、というのは技術だからだ。
例えば、棒を使って体重を移動する、という状態を初めて見たとする。
その状態に???となる。
そこでヒントとして、膝の緩みと腕を同時に動かす、がある。
さらに、胸骨を前に出し引き上げ、骨盤と肋骨との間を引き伸ばしているような体感を持つこと。
絶対に「押そう」と思わない事。
これらが、体重移動の為の基礎的な要素であり、最終的な形でもある。
そうすると、どこから取り組まなければいけないのか?を、最初に考える必要がある。
大方はここをしない。
私にとっては「どうして?」だ。
要素を出し、しかも身体操作としてのヒントもある。
にもかかわらず、いきなりその全体をやろうとする。
身体を使って何かを実現させた体験が無い、というのは、そういうことなのかと想像する。
30数年武道を指導しているが、ちゃんとシミレーションをして取り組んだのは数えるくらいしかいない。
その人達はプロのアスリートだった。
私なら「膝を緩める?」となり、ああでもない、こうでもないと膝を使ってみる。
緩めるなのだから、曲げるのではないだろうと仮説を立て、「曲げる」をやり、その体感を覚える。
それは間違っていることだ。
ここが重要なのだ。
間違ったことを体感していなければ、正解の体感を体感出来る筈もないからだ。
「間違わなければ駄目」というのは、こんなことでもある。
間違いを知っていれば、正解でなくてもそれに近くなる筈だからだ。
ということを「取り組み」というのだ。
ただただ、「それは違う」だの、やみくもに量をこなすことが取り組んでいるのではないのだ。
○ワークショップ次は大阪4月4,5日・東京6月4,5,6,7日