死ぬまで攻めるで

「守る」という側面は、戦いにおいては重要な事だ。
だが、本筋で「守る」となれば、負ける可能性が高くなる。
戦国時代などの戦を参考にすれば、一目瞭然だ。
そこには「攻める」も同時にあるから、「守る」は有効なのだ。

「私は、このままで良い」という言葉を、その言葉なりに考えると、時間が進んでも自分はその場に留まっている、という状態のことだ。
という事は、過去に生きるというのと、さほど変わらない。
だから、時間と共に生きるというのは、別に普通のことだ。

人生は戦争では無いから、何を攻めるのか?となる。
逆に、では何を守るのか?も考えなければいけない。

私は一応「生命」だと考えている。
決して仕事や、生活やその他の諸々では無い。
生命だとした時に、では病気からも守らなければならないのでは、となるかもしれない。
もちろん、病気にならないに越した事はない。
しかし、病気になっても良い。

そんなことよりも、自分は何が出来るのか、何をしなければならないのかが大事だ。
そこから考えれば、それ以外の事はどうだって良い事だ。
もちろん、老化もする。
71歳だから老人だ。
老人手帳も持っているし、僅かだが年金も貰っている。

しかし、そのことと、私の何が出来るのかは別の事だ。
その何が出来るのか、何をしなければならないのか、というところが攻めるところだ。

老化という言葉も、老人という言葉、アンチエージングという言葉も嫌いだ。
その言葉を持つ事で、甘んじてしまうからだ。

死ぬまで攻めたるで!


自分をこじ開けてやろう!と思う人は、是非6.1のコンサートに足を運んで欲しい。
日野晃’古希’ドラムソロコンサート
6月1日 新宿ルミネゼロ

Follow me!