人であれば感情的であれ
明石市の市長が暴言、感情的な、、、、というような記事が賛否両論起こっている。
いや、メディアが視聴率を稼ぐ為に、発言を切り取って流しているからだ。
もちろん、これは当たり前のことだ。
メディアにとって都合の良いところを「切り取って流す」のは、情報操作として当たり前だ。
それに踊らされている人達が、賛否両論というよりも、感情的否定、感情的は悪い側へどんどん流れ込んで行っているだけだ。
その昔、感情的にならないで、とロボットのような表情のない人によく言われた。
そういった方向で育って来た人は、子育てノイローゼに陥るのでないか、あるいは、虐待側へ走るのではないか、とも考えられる。
赤ちゃんや幼児は感情を制御できないし、感情そのものだからだ。
それをコントロールできない親、あるいは、それを当たり前だと思えない親がパニックになるのかも知れない。
また、巷で感情的な人に対して対処出来ない、反応できない、あるいは、どうして感情的になっているのかを理解できない人が増えているのだろう。
そんな人達は、理知的とか知性的な人だと思っているのかは分からないが、単にロボット化された人間もどきだ。
4月12日にドラムソロコンサートをする。
音楽は感情そのものだ。
感情が湧き上がるから、イメージが創出され演奏として外部に流れでるのだ。
その意味で、頭だけで作った音の面白みの無さは、本当に気持ちが悪い。
クイーンの「ボヘミアンラプソディ」が世間を席巻しているが、あれこそが感情だ。
日野晃’古希’ドラムソロコンサート
4月12日 大阪大丸心斎橋劇場
6月1日 新宿ルミネゼロ