これがリハビリだ
「明鏡塾」の講座が始まると、途端に時間が目まぐるしく動く。
受講生から順次、感想や臨床での報告が入るからだ。
先程、「これがリハビリだ」という報告が入った。
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多発性脳梗塞《両側片麻痺、失語、末期直腸がん、嚥下障害、失行(模倣、物品使用に障害)》の方を治療していた。
今までは治療と言っても本人の意向に合わせた受け身の治療であった。
立ちたくないと言えば立つ訓練は行わない、気分が乗らなそうであれば車椅子に乗らない、触れて欲しそうでなければ体に触れてあげない。
「本人の意向に合わせた」という言葉で自分を守って、こちらからは何も働きかけなかった。
まず、ひとつ目に感動したことは、その人の声を聴いたことだ。
「今日は車椅子乗りますか?」と声をかけ、いつもであれば険しい顔をしながら首をひねるところだ。
しかし今日は「ちょっと待って」とはっきりその人の声を聴いた。
この患者さんはめったに声を出さない。
相槌や笑うときだけ音声が出る。
私は本当に嬉しかった。
はっきりとその人の声が自分に入った。
私はその待つ間、背中、首、足を丁寧に触れた。
いつもは柔らかく、弱く感じていた体がしっかりしているように感じた。
いつもは弱く感じていたから、私の触れ方は弱く、遠慮がちな、躊躇した腰が引けているような触れ方であった。
しかし、今日は、その人を触れているような気がした。
いつもは気にならなかった手の武骨さを感じ、今は筋肉が落ちたが、若かりし頃の強い腕を、今の腕に見た。
そのような時間を過ごし車椅子に乗るときも、自然と介助が楽であり、患者さんが自分から私に飛び込むような瞬間を見た。
車椅子に乗り病院内をいつも通りの道を散歩した時も、患者さんから、指を動かし、あっちに行きたい、こっちにいきたいと合図をもらった。
部屋に戻りベッドに寝て頂いてから私が帰ろうとしたときにもう一つ感動したことがあった。
帰り際に、患者さんが、両方の指を私に見せ小指から順番に折り曲げ何かを訴えていた。
それが何のことなのか、私にはわからなかった。
正直諦めそうになった。
それでも分かりたくて、その手を握った時、即分かった。
「爪切り!!」と私は声に出した。
そうすると患者さんは口をあけて笑っていた。
ガッツポーズが出た。
患者さんの爪が私に叫んでいた。
明鏡塾で日野先生の声掛けが体に突き刺さるのと似たような感覚であった。
私は爪切りをナースステーションに借り爪を切った。
その爪切りで学んだこともあったがここでは省略する。
嬉しかったことは患者さんの声にならない声を少しでも聴けたこと、これはもちろんだが、今回の明鏡塾の参加の目的として、
「自分のためでなく、何がなんでも患者さんに還す」をテーマとしていたから、より嬉しく、嬉しさを色濃くした。
嬉しさを感じたと同時に、日野先生、和子先生、明鏡塾の皆との時間を想った。
私はこの道を進みたい。
そう思う臨床だった。
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彼はまだ20代の理学療法士だ。
こんな人達がどんどん出てくることを願っての「明鏡塾」である。
「明鏡塾」を起ち上げて、まだ3年だが、こころある医療従事者の育成と謳っていることが、3.4.5.6期と爆発して来ている。
これは予想外の展開だ。
もちろん、予想外の嬉しい展開だ。
助手を務めてくれている若い理学療法士。
彼のリードで、どんどん若い人が成長している。
こころが成長する、これほど素晴らしい事はない。