信号を渡る権利がある?

目の前の信号が青になり、みんな歩道を渡る。
その時、救急車がサイレンを鳴らして、その歩道の前まで来ていた。
どうしてサイレンを鳴らす救急車の前を歩くのか?
一人や二人ではない。
スピーカーから「道を開けて下さい」と言っているのに、というより、緊急車両が通る時は、道を開けるのは常識だ。
ましてや、多分、世界で最も遅い緊急車両なのに、その邪魔をするというのが分からない。
信号を渡る権利がある、というくらいに思っているのだろうか。
こんな光景は珍しくない事が嘆かわしい。
というよりも、自分はどこで何をしているのかを、全く分かっていないということだ。
健全な認知症なのだ。
何時も書いているように「自分はどこで何をしているのか」を知っていれば、「どうすればよいのか」が自ずと出てくる。
それを知らなければ、知れば良いだけだ。
しかし、その努力はしない。
「誰も教えてくれない」と言えば、自分の努力をゼロに出来ると思っているのだ。
人にも聞かない、
本も読まない。
勉強もしない。
自分を放っておけば、自然と出来るようになっていると思っている、完璧な空想主義だ。
こんな人はいないだろうと思う人も多いと思うが、残念ながら厳密な意味で言えば、相当数いるのだ。
こういった、救急車が通るという、ある意味極端な場合はクリアしているが、日常の雑多なところでは、空想主義のところが出ているのだ。
「武禅」では「どこで何をしているの」と自らを突っ込む。
そして、その自分に対して「どうするのか」を突き付け実践で解決していくのだ。

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