抱き合って涙した

午後3時30分「97回武禅」は終わった。
送迎バスに全員乗り込み「お疲れ様でした」。
今回の「武禅」では、「私」という事を認識するワークを編み出した。
これがことのほか良くて、全員が「私」ということを考える契機になった。
「最初Yちゃんと組んで稽古をしている時は、私という存在がハッキリしていなかった。稽古を続ける中でお互いに関わり合ってくるのが分かる。私という存在があなたへ向かった時、本当に身体が震え出す喜びが湧いてくる。「わたし、ここ」という言葉も声に出さずにやってみると、「わたし」という言葉も、「ここ」という言葉もいらない事が分かる。Yちゃんと響き合う現象が起こった時、お互いにこれだ!と抱き合って涙した。」
こんな内容のレポートも多数あった。
ただ、最初の「向かい合い」から、全力疾走の如くカリキュラムを動かしたので、初めての受講者は目が回ったことだろう。
しかし、全体として何時もよりも密度が濃く、笑顔も溢れていたのが良かった。
「私がそこへ行く」ことは、関係性を作り出す上での基本だ。
大方は、「私」も「そこ」も「行く」も曖昧だし、無自覚でもある。
それは日常的に無意識的に行っている事だからだ。
そこを引き出し、改めてそこから攻めていったのだ。
その事が、自分自身に対する気づき繋がっていった。
このレポートのように感じた人達は、理屈ではなく体感として関係を得た。
そして、関係という言葉には無い不思議な現象に、驚きと感動を手にしたのだ。
人と関わる事に喜びを得る。
決して、それは絵空事でもなければ、キャッチコピーでもないのだ。
最後の挨拶では、お互いに「武禅」での再会を誓い合っていた。
全く見ず知らずの人達が、「関係」に行き詰り、そこから「関係」に喜びを体感する「武禅」は、沖縄から参加した若い女性の言葉ではないが「人生の必須ワーク」なのだ。

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